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 ヨシタカは、中に視える生霊が、間違いなく綾野陽芽のものだと確信すると、周囲を警戒していた喜予の肩を軽く叩いて呼んだ。 「この中にいる」 「本当にいるんだな」 「ああ。間違いない」  お互いに目配せすると、ヨシタカが慎重に扉を開ける。幸い、鍵は掛かっていなくてすんなり開いた。  部屋に忍び込むと、後ろ向きで椅子に腰かけている女性を見つけた。  その女性は、侵入するヨシタカたちの気配に気付いて振り向こうとするが、途中で動きを止めた。  ヨシタカたちは、彼女の正面に回った。それは綾野陽芽だった。ヨシタカは、その姿を見て大いにショックを受けた。 「なぜ、こんな目に?」  綾野陽芽は、椅子に縄で縛り付けられて身動きがとれていないでいた上に、声が出ないよう革製の猿ぐつわまで嵌められていた。拷問されたのか、顔にあざまである。  初代教祖の花嫁になるためにここへ来たはずである。特別待遇を受けていてもおかしくないのに、これではまるで捕虜である。 「驚いたな。ずっとこの状態か?」  予想外の出来事に、喜予も驚きを隠せない。  綾野陽芽は、初めて見るヨシタカたちに、「ウー、ウー」と、何かを訴えた。 「今、ほどいてあげるから」  拘束を解こうとするヨシタカの手を、喜予が慌てて止めた。 「ちょっと待て! 軽率に外すな! ここは慎重にしたほうがいい!」 「なぜ? 彼女、苦しそうじゃないか。早く解放してあげなきゃ」 「この状況を変だと思わないか?」  喜予は、部屋の中を見渡した。 「ああ、変だとは思うよ。だから何? 彼女をこのままにしておくっていうのか?」 「俺たちは彼女を助けに来た。それは変わらない。だけど、その前提を考えてみろ。彼女がそれを望んでいたか? 彼女の意思をまだ聞いていないだろ?」 「う、まあ、そうだけど」  彼女の意思とは全く関係なく、ヨシタカたちはここまで来ている。 「映画やゲームでは、囚われの姫と再会したら主人公たちと一緒に逃げるが、それは本人の希望と主人公の目的が合致しているからで、それだからこそ協力し合える。でも、これは違う。俺たちは、彼女から見れば突然押し入ってきた不審者だ。ここで拘束を解いたら、どう動くと思う? 大声を出されて逃げ出すだろう。そして、今度は俺たちが追われてしまう」  綾野陽芽は、黙って二人のやり取りを聞いている。 「言いたいことは分かるけど。では、これはどういう状況?」 「罠だ」 「罠?」 「そうだ。俺たちの侵入がバレている。彼女は囮だ。きっと、そうに違いない」 「勘繰りすぎじゃない?」 「ことは慎重に運ぶべきだ。ここは普通じゃない。見つかれば殺される。常識の通じない、とても危険な場所だと強く認識すべきだ」  綾野陽芽を一刻も早く自由にしてあげたいヨシタカと、拘束を外すことに反対する喜予とで意見が対立して、無毛な時が過ぎていく。 「じゃあ、拘束を解く前に、しっかり説明すればいいんじゃない?」  ヨシタカは、綾野陽芽の目をしっかり見ると、紳士然で語り掛けた。 「綾野陽芽さん、突然押しかけて、大変失礼いたしました」  自分の名前を呼ばれてビックリしている。 「私の名は木佛(しきみ)ヨシタカ。彼は……」 「七蔵喜予」 「私たちは、あなたをここから助け出しに来た味方です。どうか、騒がないでください。約束してくれれば、その猿ぐつわを外します」  綾野陽芽は、コクコクと頷いた。  ヨシタカは、ゆっくりと猿ぐつわを外した。
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