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 少しでも騒いだら再び猿ぐつわをかませようと喜予は待ち構えたが、約束通り、綾野陽芽は騒がなかった。 「約束を守ってくれて、ありがとうございます」 「どうして、私のことを知っているんですか?」 「天橋律さんから救出を依頼されて、名前と顔を教えて貰いました」 「天橋律さんって、誰ですか?」  綾野陽芽は、すっかり忘れている。可哀そうな天橋律。 「それは、後々思い出して貰えたらと思います。それで、どうしてこのような状況なんですか? 初代教祖様の花嫁になるんでしたよね? 花嫁が、なぜこのような目に遭っているんですか?」  綾野陽芽は、重い口を開いた。 「私は、初代教祖様の輝羅様に嫁ぐべく、ここで花嫁修業をしておりました。だけど、その中でどうしても承服しかねる修行がございまして、拒否していたら信心が足りないと叱られて、懲罰として拘束されてしまいました」 「承服しかねる修行とは?」 「それは、2代目の頼陀様と夜を共に過ごすことです。輝羅様は頼陀様の体に降霊されるので、花嫁になるなら頼陀様と枕を共にする儀式が必要で、そうすることで、死んだあとに輝羅様と天国で幸せに暮らせるとの説明でした。でも、私にはどうしても受け入れがたくて……。私が求めていたのは、輝羅様だけで、頼陀様ではないんです。いくら魂が輝羅様だと言われても、頼陀様の体を受け付けなくて、逃げ出してしまいました……」  ヨシタカと喜予は、「あーなるほど」「そんなところだと思ったぜ」と同時に納得した。  死んだ人間との結婚など、絶対に出来ないのだ。ここの教祖は、真面目で純粋な若い娘を弄ぶだけのつもりだ。 「何でも儀式ってつけりゃ、いいってもんじゃねえぞ」  喜予の言葉遣いが荒くなる。 「拒否が続くと、最終的にどうなりますか?」 「神罰が下って命を落とすと言われました。魂が消滅するので、天国におられる輝羅様とは、未来永劫再会できなくなると脅されました」 「ああ、それは充分に脅迫ですね」 「騙されちゃったんだねえ。お気の毒に。優しい子ほど信じちゃうんだよね」  喜予は、ようやく綾野陽芽に同情して猿ぐつわを下した。 「私、騙されていたんでしょうか?」 「勿論です。まだ気が付きませんか? 多額の献金をされたでしょう?」 「はい。献金だけでなく、花嫁候補は持参金が必要だと言われて、たくさん働いて節約して支払いましたが、それでも持参金には足りなくて、家にある物まで売りました」  持参金付きでこの境遇では救いがない。 「その上で、こんな仕打ちをされて、騙されていなくて何だと思いますか?」 「そうですね。私、何していたんだろう?」  綾野陽芽は、ようやく目が覚めた。それと同時に、自分の愚かさに落ち込んだ。 「ここを出ませんか?」  ヨシタカの言葉に、綾野陽芽は、絶望の色を見せた。 「私には、もう何もないんです。ここを出ても行くところがありません。これからは教団が家族になるのだから、身内とは絶縁しなさいと言われて、親兄弟と絶縁しました。教団から離れたら、野垂れ死にするしかないんです」  無一文になるまで献金させて、家族との縁を切らせて、ここしかないと洗脳してコントロールする。恐ろしい教団だ。  ヨシタカは、胸を叩いた。 「生きていれば、何とかなるもんです。現に私は、天涯孤独の身なんです。財産と言えるものが何もありません。あるのは、奨学金という名の借金だけです。それでも、こうして元気に生きています」 「えー、大変ですね」  苦しいのはあなただけじゃないと励ましたかったヨシタカの自虐ネタに、綾野陽芽は少しだけ気持ちが和らいだ。  話が通じたところで、ヨシタカがもう大丈夫だろうと綾野陽芽の拘束を外そうとすると、「待って下さい!」と、今度は彼女から止められた。 「え?」  本人まで嫌がるとは思っていなかったヨシタカは、面食らった。 「見張りが来る時間です。見つかる前に、ここから立ち去ることをお勧めします」  連れて逃げる時間はなさそうだ。 「分かりました。私たちは一旦退きますが、また来ます。ちなみに、見張りが手薄になるのは何時頃ですか?」 「夜です。深夜0時に1度だけ見に来ます。それ以降は明け方まで来ません」 「それなら、夜までどこかに隠れていて、0時過ぎに来ます」 「はい。お願いします」  怪しまれないよう猿ぐつわを元通りにかませると、ヨシタカと喜予は部屋を出た。
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