12/17
前へ
/55ページ
次へ
 霊峰(れいほう)頼陀(らいだ)の居室は、一番奥まったところにあって、出入りできる人間は限られている。  きな臭い臭いで目が覚めた頼陀は、室内に煙が充満していることに気付いて飛び起きた。 「何だ? この煙は?」  外で誰かが叫んでいる。 「火事だ! 早く逃げろ!」 「何だって⁉」  慌てて部屋から飛び出すと、廊下にはすでに火が回っていた。 「ゴホゴホ! ゲホゲホ!」  煙が目に入り、喉に吸い込む。暗い上に、煙が充満して見通しが悪く、方向を見失った。 「誰かいないのか! どこに向かえばいいんだ!」  側近が近くの部屋で控えているはずなのに、誰も自分を助けにやってこない。 「あいつら、何をやっているんだ! 私はお前たちの神だぞ! 早く助けに来い! ゴホゴホ!」  叫ぶと余計に煙を吸い込む。  どこもかしこも、メラメラと燃えさかる炎が大きく立ちはだかり、逃げ場がない。 「こっちもダメか」  右往左往していると、黒煙の向こうから声が聴こえた。 「こちらです! 早く!」  誰かが助けに来たようだ。  頼陀は遅すぎることに対しての怒りを抑えて「そっちだな!」と、煙の中に飛び込んだ。 「ゲホゲホ!」  むせながらも、何とか煙の向こう側に出ると、そこには見たことのない顔のスーツ男がいた。 「お前は、誰だ? 信者じゃないな?」 「あんたが教祖の霊峰頼陀か?」  あんた呼ばわりされた頼陀は、血相を変えた。 「なんだと? 神に向かって、この無礼者が! 一体誰なんだ!」 「俺の名前は、天橋律」 「天橋律? 聞いたことないな。ここで何をしていた?」 「予め宣言しておくが、この状況は、全世界に向けて生配信されている」  天橋律がスマホのレンズを頼陀に向けている。 「いつ許可を出した! 勝手なことはやめろ!」 「喚こうが脅そうが、世界中の人にこれから起きる奇跡を見て貰おうと思っているから、やめない」 「奇跡だと?」 「そうだ。天喜教団2代目教祖の奇跡だよ。ありがたいと思わないか? あんたの力を世界に知らしめることが出来る。それとも、インチキと認めて断るか? その時は、全信者がお前を詐欺師と(そし)るだろう」 「ウ、ググ……」 「おい、クソジジイ、お前は高次元のクオントエネルギーとやらを操れると聞いた。そして、自分のことを神だと言う。ならば、火に焼かれても死ぬことはないよな。クオントエネルギーで火を撥ね退けるのか、死んでも甦るのか。どちらでもいいから、自分を神だと言うのなら、このカメラの前でやってみろ!」  火の手はそこまで迫っている。時間を掛ければ、二人とも逃げ遅れて焼け死ぬ。 「こんなことをしていて、お前だって逃げ遅れて無事ではいられないのだぞ! ここから逃げ出したとしても、逃げ切れるもんじゃない! すぐに捕まって極刑だ!」 「御託はいいから、さっさとやれよ」  天橋律が少しずつ迫っていく。頼陀は、後退したくても、後方に火の手が迫っていて、逃げられない。ナイフから遠ざかろうと、体が仰け反る。 「もし、このまま何もしないのなら、楽に死ねるよう、俺がとどめを刺してやろう。でも、お前は死なないんだよな? じゃあ、ちょっと痛いぐらいだな。傷ついても、クオントエネルギーで軽く治るんだよな。今、試してやる」  天橋律は、先ほど綾野陽芽に使ったナイフを取り出すと頼陀にナイフを向けてにじり寄った。  一歩下がるだけで、火に近づいて熱くなる。体が炙られる。そろそろ限界だ。 「や、やめろ……、やめろ!」 「このまま刺されるか、後ろの炎で焼かれるか。どっちがいい?」  頼陀は、ナイフと後ろの炎を交互に見たが、どちらも嫌だ。だが、最善策が見つからない。 「誰か! 誰か、いないのか⁉」  信者の誰かが来てくれれば、状況は逆転する。だが、誰も来ない。 「お前の仲間は皆、火事に気付いて逃げて行ったぞ」 「なんだと?」  誰も助けに来られないよう、ここへの通路には全て火を放っている。天橋律は、頼陀に絶望を味わせたかった。 「裏切られた気分はどうだい? でも、お前は神なのだから、悲嘆することはないよな」 「ク……」 「神は万能。お前も万能、だよな」  天橋律は、この状況を心から楽しんでいる。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加