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(自分も危険なのに。完全にイカレている)  それしか、頼陀の頭に浮かばない。  狂人など、相手にするだけ無駄である。ここは、逃げるが勝ちだ。 「分かった! 取引しよう! 君を天喜教団で取り立てよう! 君は、それで一生お金と力に困らなくなる!」  天橋律は、まるで映画か漫画だとプッと噴き出した。 「そんなもの、いるか! お前の性根はよく分かった。イカサマと認めないなら、ここで終わりだ!」  狂った人間には、欲が通じない。  頼陀は、ナイフで迫る天橋律を必死に止めた。 「分かった! 認める! 私はただの人間だ。高次元エネルギーなど使えないし、不死身でもない」 「それだけじゃないだろう。今までどれだけの悪事を働いてきたか知っているぞ。自分が全て指示したと認めろ!」 「分かった。認める。全部、私が指示した」 「初代教祖についても、ウソを吐いているだろう」 「ああ、そうだ。輝羅など存在しない」 「存在しない?」  天橋律も、さすがにそこまでは想定していなかった。 「そうだ。全部、私が作り出した虚像だ」 「そうだったのか……。はは、輝羅なんて、最初からいなかった。空想に振り回されて……、バカだ、バカだ……」  天橋律は、何故か涙が出た。  その涙は、輝羅にすべてを捧げようとした綾野陽芽への同情から起きていて、自分でもコントロールできない。  輝羅なんていなかったのだと、もっと早くに知っていたら、彼女を殺さないで済んだかもしれなかった。 (誰か来る⁉)  頼陀は、天橋律の背後に二人の信者が忍び寄るのに気づいた。  それは、ヨシタカと喜予だったが、信者服を着ていたから頼陀は分かっていない。 (早く! 助けに来い!)  天橋律が泣いて固まっている今がチャンスだ。  射程距離に近づいた二人が、天橋律に飛び掛かって抑えた。  喜予が羽交い締めにして、ヨシタカが天橋律の手からナイフを奪う。 「よくやった!」  一番喜んだのは、頼陀だ。  天橋律は、二人の正体に気付いて驚いた。 「あんたらか! どこから入ってきた!」 「いい具合に火の勢いが弱くなったところを通ってきた」  普通は外へ向かうのに、この二人は逆に来ている。 「邪魔するな!」 「天橋律さん、こんなことはやめてください!」 「離せ! あいつを殺さないと! あいつが諸悪の根源なんだ! これ以上野放しにしたら、不幸な人が増えるだけだ!」 「落ち着いてください! 言っていることは正論ですが、やり方が良くない。これ以上、罪を重ねてはいけません」 「綾野陽芽さんも、君がやったんだな」  ヨシタカたちは、各部屋を起こして回ったあとに、綾野陽芽の死体を見つけた。  明らかに殺されていたので、霊視で彼女に真相を聞くと、天橋律が犯人だと教えられた。 「放火したのも天橋さんですね」 「ああ、そうだ! それがどうした! こいつのしたことに比べたら、大した問題じゃない!」 「罪の大小など、比べるもんじゃありません」  ――ドーン!  何かに引火したようで、大きな爆発音とともに熱風に襲われ、全員火の粉を浴びた。  顔や肌が焼けてヒリヒリ痛む。 「熱い! 熱い!」  頼陀が、一番うろたえて暴れた。  喜予が火の粉を払おうと手を離した。自由になった天橋律は、すかさず頼陀の背後に回って首を絞めた。 「天喜教団はもう終わりだ! このスマホには、天喜教団教祖の嘘とイカサマの証拠が全て入っている! そして今も世の中に配信されている!」  天橋律は、アッハッハッハと高笑いすると、頼陀の体を無理やり引きずって、燃え盛る炎に連れ込んでいった。道連れにする気だ。 「おい! 何をする!」 「自分だけ助かろうと思うなよ。お前は俺と一緒に地獄へ行くんだ」 「一人で行け!」  頼陀は必死に抵抗したが、ズルズルと引っ張られた。  天橋律の方が力強かっただけではない。炎が無数の人の手の形となって頼陀の体を引っ張っていた。  ヨシタカは、教団施設の上空で、行き場を見失った無数の悪霊怨霊が浮遊していたことを思いだした。  頼陀に恨みを持った霊たちが、火に乗り移り引っ張っているのだ。それを見たら、とても手出しは出来なかった。 「お前ら! ボーっとするな! 早く助けろ!」  助けろと命じられても、頼陀の全身が炎に包まれている。もはや手遅れだ。 「受け取れ!」  天橋律が炎の向こうから、ヨシタカたちに向けて叫ぶと、スマホを放り投げた。それをキャッチしたら、とても熱くて落っことした。 「ギヤアァァァー!」  頼陀の叫びが、炎の向こうから聴こえた。それが彼の生きている最期の姿となった。  二人の影がその場に崩れ落ちていく。 「助けられなかった……」  目の前で見殺しにしてしまった罪悪感で、ヨシタカはガックリと頭を垂れた。  落ち込むヨシタカを喜予が慰める。 「俺たちは最善を尽くした。とにかく、ここから逃げよう。俺たちも焼けちまう」  気が付くと、全ての通路に火の手が広がっていて、どこに向かうのが安全なのか分からない。
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