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◇
「私たちの家が……」
「キャー! 燃えちゃうー! やめてー!」
「なんでこんなことに……」
「誰かが火を点けたんだ!」
「犯人は誰だ‼」
黒い煤で全身汚れた信者たちは、姿を変えていく自分たちの家に悲鳴を上げ、震え、怒号が飛び交い、犯人探しが始まっている。
同じく焼け出されていた陣屋ますみは、何にも感じていなかった。
自分の招き入れた男がおそらく放火犯だろう。分かってはいたが、誰かに言うつもりはない。
ここが自分の家などとは、とっくに思っていなかったし、むしろ、綺麗さっぱり無くなってくれれば、今の生活から解放される。そう考えただけで清々する。彼は救いの主なのだ。
やがて、燃える物が無くなり鎮火した。その頃には、空が明るくなっていた。
神殿も住居棟も全て焼け落ち、オベリスク以外に何も残っていない。
信者たちは、くすぶる焼け跡を見ながら茫然自失していたが、正気を取り戻した順から一人、二人と、お互いの無事を確かめ合い、この場にいない人の安否を気にした。
「教祖様はどちらに?」
「まさか、中にまだいるとか」
「教祖様なら、クオントエネルギーで生きているはずです!」
「きっとこの火事から出てきて、私たちに救いのエネルギーをくださるはずだ!」
「これは試練です。教祖様がきっと何とかしてくれるでしょう」
「教祖様! 早く出てきてください!」
頼陀に心酔し、不死身を信じている信者たち。彼は、もうこの世にいない。決して生き返らない。
ヨシタカと喜予は、そんな奇跡など起きるはずがないと分かっていたが、説明することが出来なかった。
手元には、天橋律から渡されたスマホだけが残っている。そこには、頼陀の告白が残されている。それをみせれば、ただのインチキだったと分かるだろうが、その事実に触れた時、彼らが暴動を起こすかもしれない。最悪の事態を想像しただけで、そら恐ろしくなる。
「あー!」
ヨシタカは、突然叫ぶと頭を抱えてしゃがみ込む。失意のヨシタカを喜予が心配した。
「どうした?」
「スポンサーが亡くなってしまった。今度のボーナスを全額出しますと言われていたのに」
「あー、会社員じゃない俺でも分かる。今度のボーナスは絶対に出ないことを」
ボーナスが出なければ、お金は支払われない。
「そんな、そんな……。何のために、こんな苦労をしたんだ」
「それは気の毒に。でも、こっちの報酬はちゃんと頂くからな。俺たち親子は、プロの呪術師だ。ただ働きはしないことにしている」
「悪魔、鬼……」
「何か言ったか?」
「いや……」
喜一と喜予には、命を張って助けて貰ったのだから、感謝してもしきれない。彼らの協力がなくては、死んでいただろう。真っ当な請求であることは理解しているが、ない袖は振れない。
「出世払いでお願いします」
働き損のくたびれもうけ。それ以上のダメージがヨシタカに圧し掛かってきて、頭痛が起きた。
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