最終話

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最終話

 深夜の『バー・七ツ矢』。  カウンターを挟んだヨシタカの前に、女性客が顔面蒼白で座っている。これから彼女を占うところだ。  あれから、ヨシタカにも日常が戻った。 「彼氏が音信不通なんです。メッセージを送っても、既読がつかないんです」  一杯のドリンクと引き換えに霊視占いを頼んできた客は、カノンと名乗った。 「今までこんなことなかったんです! どんなに遅くても、1時間以内には返事をくれたんです!」  話している内に感情が高ぶり、シクシク泣いた。  固く握りしめたハンカチで、化粧が崩れないよう細心の注意を払いながら、両目の下を交互に軽く抑えた。 「連絡が取れなくなって、どのくらい経つんですか?」 「3か月です」 「それは長いですね」 「どこかで浮気しているのか、それとも私に飽きて捨てられたのか……。毎日思い悩んでため息つきながらスマホを見ていたら、よく当たると評判の占い師がいるから、その人に彼氏の行方を探して貰ってはどうかって、ここを紹介してくれました」 「そうでしたか」  口コミで客が日ごとに増えている。ありがたいことだが、皆、思いつめた顔で占いにやってくる。酒の席の軽い余興のはずだったのに、どうしてこうなったのか。 「彼の居場所を占ってください」 「やってみましょう」  ヨシタカは、スウッと息を整えて霊視を始めた。 「名前も生年月日も聞かないで、簡単に始められるんだ」  カノンは、今まで出会ってきた占い師と全く違うヨシタカのやり方に吃驚した。 「……」  ヨシタカの脳裏に、留置場で膝を抱えている男の姿が浮かんできた。 (捕まっている?)  それなら、返信がないのも当たり前。 『カノン……、ごめん……』  彼女の名前を口にして苦悩している。  時間を遡り、警察に捕まった時の状況を視た。家を出ようとしたところに警察がやってきて、逮捕状を読み上げられた後、そのまま身柄を拘束された。  容疑は窃盗。仕事で関わった工事現場から、高価な工具や素材を日常的に盗んで売りさばいていた。  突然音信不通になった理由は、誰とも連絡を取ることが許されない状況になったからだった。スマートフォンは警察に押収されて、触れることが許されない。  ヨシタカが目を開けると、息をひそめて待っていたカノンが飛び掛かるように迫った。 「彼は生きていましたか?」 「生きています」 「良かった!」  無事を聞いたカノンは、目を輝かせて喜んだ。  本当に好きなんだと思うと、現在の状況や彼の悪事を正直に教えていいのか悩んでしまう。 「それで、彼は今、どこでどうしているんですか?」 「それが……」  言いよどむヨシタカに、悪い状況を察したカノンがまた泣いた。 「やっぱり、他の女と一緒に暮らしていたんですね?」  一喜一憂する姿にヨシタカの胸が痛んだ。  本当のことを伝えればショックを受けるだろう。ウソを吐いても傷つける。  悩んだ末、知らない幸せもあるだろうと言わないことにした。 「彼はあなたを裏切っていません。あなたに会いたがっています。当分は無理ですが、必ず戻ってきます」 「本当ですか⁉ いつぐらいになりますか?」 「今は分かりません」  判決が確定するまで、いつ出てくるかヨシタカにも分からない。しかし、あの様子では、出てきたら、必ず彼女の元に戻ってくるだろう。 「私の前から消えた理由は、なんだったんですか?」 「それは……、いずれ知ることになるでしょう」  言葉を濁してハッキリ言わないヨシタカに、カノンは段々とイライラしてきて、とうとう疑いの目を向けた。 「本当に視えています? 適当なことを言っているんじゃないでしょうね」 「信じるか信じないかは、あなた次第です」  どこかで聞いたようなフレーズが出てきて、カノンは呆れた。 「私に言えない事情があるってことですね? 分かりました。私、彼を信じて待ちます」  彼女は、小さな希望を胸に抱いて帰っていった。  いつか真実を知る時が来る。その時に、彼を受け入れるのだろうか、それとも、拒絶するのだろうか。  その先の未来がどう転ぶか、誰にも分からない。どんな選択をしても、後悔しないで自分が納得出来ればそれでいい。 (最善の選択を)  彼女の背中に向かって、心の中でエールを贈った。
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