最終話

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「面白れぇなあ」  カウンターでは、ショット片手の喜予が、納得いくまでしつこく聞いてくる客を相手に四苦八苦するヨシタカを見て楽しんでいた。  塩を舐め、ショットを一口、そしてライムを一口かじり、ショットを飲む。塩を舐めてショットを飲んでライム。このルーチンを繰り返すとあっという間にベロベロになるのだが、やめられない。 「ふうー。終わった」  占い目当ての客がいなくなって、手の空いたヨシタカが喜予の前に戻ってきた。  自分の顔を見てニヤニヤしているのが気になる。 「楽しいことでもありました?」 「面白いものを見せて貰った」 「面白いもの?」 「お前さんの占いってのは、他の客を楽しませる余興だよな」 「全然違いますけど」 「しかし、ドリンク一杯でどこまで求めるんだろうね。図々しくて驚いたよ」 「お客様の悪口はお控えください」 「へえへえ」  酔いがすっかり回った喜予は、饒舌になっている。 「占いを見ていて思ったんだが、プロになったらどうだ?」  さらにとんでもないことを口にした。 「プロの占い師?」 「そうそう。それで、俺と組む。これは大儲けできるぞ!」  ヨシタカは、大変なのは自分だけで、楽で得するのは喜予だけにしか思えない。  こんな口車には乗らない方が賢明だろう。 「お断りします」 「俺がアドバイザーになってやるから」 「アドバイザーは不要です。やるとしても、一人でやります」 「そうか。残念だなあ。いつでも声を掛けてくれよ。馳せ参じるぞ」  喜予は、金の匂いに敏感そうだ。 (そもそも、喜予の呪術師としての手腕を見たことがあっただろうか)  ヨシタカは、疑問に思った。  死神を呼び出したのは、喜一の力だ。  喜予の守護神が阿修羅だったから一目置いていたが、ただ現れては消えていくだけで、存在感だけはあったが、特に何かするところを目にしたわけではない。  つまり、喜予の呪術師としての力量は、いまだに未知数なのである。  あとは、死神サングルスだ。死神を手懐けられたとしたら、相当なものであるが。 「それよりも、死神のサングルスですが、あれから、何かありましたか?」  その名を聞いた途端、喜予の表情が沈んだ。 「名前、出さない方が良かったですか?」 「いや、いい。……多分、振られている」 「ああ、そうでしたか。でも、死神ですから。うん、普通に人と恋愛したほうがいいと思いますよ」  変な感じに慰めた。 「俺に人間の恋人は不要だ」 「死神はいいのに?」 「人間は、面倒くさい。見ていて確信したね。占いにくる女も男も、面倒くさい奴ばかり。自分勝手で自分本位で、相手の立場を考えず、浅はかな行動をする」  極論と言えばそれまでだが、あまりにショッキングな結末を目にしたから、ヨシタカにも彼の気持ちはよく分かった。  純粋な愛など人間には芽生えないんじゃないか、という考えに至ってしまうことも分からなくはない。  天橋律が死ぬ前にしでかしたことは、それだけ衝撃的であったということだ。  不遇の最期を遂げた綾野陽芽。彼女の人生を思うと、ヨシタカの胸は焼き尽くような痛みを感じる。  はかなく散った命。彼女は死ぬ必要などなかった。  天橋律があそこへ行くための協力をしたのだから、自分も加担したようなものである。 「だからと言って、死神相手って……」  その時、喜予の背後に立つサングルスに気付いた。無表情で喜予を見下ろしていて、ヨシタカの背筋が凍った。たとえ知り合いであっても、ゾッとする。 「俺にとって、彼女は……」  気付いているのはヨシタカだけで、喜予はまだ気づいていない。話を続けている。 (喜予……、喜予……)  話を止めるように合図を送るが、酔って俯いていて、ヨシタカを見ちゃいない。 「死神じゃなくて、天使なんだよ!」  恥ずかしいセリフを臆面もなく口にした。それも本人の前で。 (えええ!)  聞いていたヨシタカの方が赤面した。  そこまで本気になっていたとは知らなかった。  サングルスの表情に変化はない。当然だ。彼女は人ではない。同じ感情を持ち合わせていない。この種族を越えた恋愛の成立は、絶対に無理である。 「俺、最初は利用してやろうと思っていた。それが、いつの間にか本気の恋に落ちてしまったようだ。はは、呪術師が情けないよな」 「それが人間なんですよ。喜予さんは、とても人間らしいです」  ヨシタカは、出来る限り慰め励ました。
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