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「おお、上手上手! みかんちゃん、曲がれるようになったねえ」
グッと親指を立てて笑顔で待っていてくれたサワコーチの前を通り過ぎてもスキーは止まらない。
膝の間に力を入れて、と焦るほど何だかスピードが速くなって止まれない私の横を誰かが通り越していく。
私の数メートル前に止まったその人は、私を抱きかかえるようにして止めてくれた。
「みかんちゃん、これはもう絶対に止まらないと危ないからね? スピード出過ぎてたし、次のカーブ曲がれなければ落ちちゃうかもしれないんだから」
「はい、すみませんでした……」
イチコーチの必死な掛け声にショボンと項垂れると、大きな手が私の帽子越しによしよしと頭をなでてくれる。
「でも、曲がるのは本当に上手になった。後は午後からスピード抑えてゆっくり滑ってみようね、止まる練習もしながらだよ!」
「はいっ!」
最終日、午前中で練習は終わり。
午後からはコーチたちと練習生で滑るのだ。
お昼に待ち合わせしているロッジに向かうと、お姉ちゃんやお兄ちゃんがもうご飯を食べているところ。
私もいつものカレーライスを買って二人の前に座る。
「みかん、ちゃんと滑れるようになった?」
「うん」
「本当に? なんか自信なさそうじゃん?」
二人からの鋭い質問に俯いていたら。
「大丈夫! みかんちゃんは、オリンピック候補選手に習ってるんだから!」
その声と共に私の隣に腰かけたのはサワコーチだ。
「サワコーチ、オリンピック出るの?」
「違う違う、私じゃなくてイチコーチよ。アルペンっていうスピードスキーの競技に出ていてね、今日本で三番目に速いんだよ。どんどんタイムが縮んでいるから、もしかしたら次のオリンピックに選ばれるかもしれないよ?」
「すごーい! みかんってばそんなすごい人に習ってたんだ」
「オレも習えば良かった」
お姉ちゃんたちの羨ましがる声にサワコーチは笑う。
「だから、みかんちゃんは大丈夫、ね?」
自信持ってと笑うサワコーチに嬉しくなって大きく頷く。
イチコーチって、すごい人なんだ。
いつかオリンピックに出るのかな?
その姿を想像して、ワクワクした気持ちが、午後にはすっかり消え去ることになる。
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