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「起きて! 起きて、みかんちゃん!!」
突然大きく体を揺さぶられて、寒さが襲ってきた。
「わかる? みかんちゃん! ちゃんと、見えてる?」
さっきまで夢に見た人が私の顔を見つめて泣いているみたいだ。
「……イチコーチ?」
「うん、うん、そう、ごめんね。ずっと待たせてごめんね。心細かったよね」
ぎゅうっと力いっぱい抱きしめられて、これが現実なのか、さっきまで見ていた夢の中のイチコーチなのかわからなくなりそうだけど。
「イチコーチ、……ごめんなさい。私、はぐれちゃった……、心配かけちゃってごめんなさい」
「なに、言ってんの。ちがうよ、みかんちゃんは何も悪くないよ。僕があの時、みかんちゃんに先に行くようにうながしちゃったから。一緒に行けば良かったのに、ごめん。本当にごめん」
違う、イチコーチのせいじゃない。
私が下手くそすぎたんだもん。
必死にイチコーチの腕の中で首を振っても、イチコーチは「僕のせいだから」と何度も申し訳なさそうに私に謝っていた。
「みかんちゃん、ここね、大分コースから遠いんだ。本当なら、この下に少しずつ降りて下りたいところだけど、みかんちゃんスキー板外れちゃってるよね」
「ごめんなさい、登ろうとして脱いだら……」
無くなってしまった。
雪に埋まってしまったのか、それともスキー板はこの下に滑り落ちてしまったのか。
「みかんちゃん、ちょっとだけ踏ん張れる?」
「え?」
「僕の背中にしがみついてて欲しい。絶対に連れて帰るから」
そういうとイチコーチも自分のスキー板を脱いで木に立てかけて、私に背を向けた。
「今からみかんちゃんを背負ってここを下ります。ロッジに着くまでは絶対に眠らず、僕にしがみついてること。いいね?」
「歩けます、私も一緒に!」
「ううん、みかんちゃんの背丈じゃ、埋まってしまいそうな場所もある。それにもうそんな体力ないでしょ?」
よしよしと私の頭を撫でてくれる優しい手とイチコーチの笑顔に安心したらようやく涙が落ちてきた。
今まで目の中まで凍り付いていたみたい。
「大丈夫、絶対に僕がみかんちゃんを守るから。もう一人になんかしないから」
もう一度ギュッと抱きしめてくれたコーチに何度もうなずいた。
しがみついた大きな背中。
いくら痩せ型で小さい私だって20キロ以上は体重があった。
コーチはずっと荒い息づかいで、それでも休むことなく灯りを目指して吹雪の中を進んでいた。
「イチコーチ……、私ね、スキー楽しくなってきたよ」
「そりゃ、ハァッ……良かった」
「だから、また来年もイチコーチと滑りたいなあ」
「……、ありがと、楽しみに待ってる」
一瞬振り向いたコーチの顔が笑顔だったのを覚えている。
ようやくロッジについた頃、気を失うように眠った私が目覚めたのは病院のベッドだった。
コーチとはそれきり。
その翌年もその翌々年も、白馬でイチコーチと出逢うことはなかった。
少しの希望で見ていた次のオリンピックにもイチコーチの姿はなく、本当にそれきりになってしまった。
助けてくれてありがとう、と伝えることもできないまま、12年も月日が流れてしまったのだった。
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