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僕は桜の季節になると、思い出してしまう。彼女の事を。
「姫乃あんじ」。彼女は「親桜」と呼ばれる大きな桜の下で、初めて出会った。寂しそうに一人で桜の木を見上げていた。
余りに寂しそうだった為、声を掛けた。それが間違っていたのだ。
彼女は、悪魔の様な人だった。
彼女と親桜の下で何回か会ううちに、仲良くなり、親桜の下以外の場所でも会う様になった。
カフェへ行ったり、散歩に行ったりと。
彼女はよく亡くなった友人の話をしていた。穹と言う男の子だ。小さい頃から仲が良かったが、自殺をしてしまったらしい。親桜は、彼との思い出の場所なのだと、よく話していた。
あんじと仲良くなってから、一か月くらいが過ぎた頃、彼女は僕に、ある事を教えてくれた。
「親桜の花弁が濃いピンク色をしているのは、血を吸っているからだ。」
と。
最初は馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった。だが笑ったのはその時だけだ。次の日の夜、あんじに呼び出されて親桜の元へと行くと、あんじは大きなペットボトルを持って待っていた。
「何が入っているの?」
と聞くと。「血よ。」と軽く答えて来た。始めは信じられなかったけれど、中身を光に当てて見せられた時、薄黒い赤色の液体が入っている事が分かった。
「本当に血なの?それ…どうするの?」
「親桜にあげるのよ。言ったでしょ?親桜の花弁は血を吸って濃くなるって。」
そう言って、あんじはペットボトルの中の血を、親桜の根本に流し込んだ。するとどうだろう。親桜の花弁は、薄かったピンク色の部分が、みるみると濃くなっていったのだ。
僕は驚いた。と同時に、後ずさってしまった。あんじの言っていた事は、本当だったのだ。
「その血…なんの血なの?」
恐る恐る聞くと、あんじはクスクスと笑いながら答えた。
「動物の血よ。安心して、人間の血じゃないわ。私は穹とは違うから。」
穹とは違う?よく分からなかったが、動物の血だと聞いて、どこか安堵した。それでも、良い気分では無い。
「これはね、私が穹から課せられた仕事…いえ、呪いなの。」
「呪い?」
「そう、親桜が咲き続ける為に、こうやって定期的に動物の血を吸わせるのよ。」
「なんで…あんじがそんな事を?他の人に頼んだら?」
「言ったでしょっ‼これは穹から課せられた仕事だってっ‼」
突然物凄い形相で、怒鳴って来た。
「でもね…私もう、疲れちゃったの…。」
今度は力なく話す。
「もう…この呪いから解放されたい…。だから…ね?変わってくれない?」
「え?変わる?」
「そうよ。私の変わりに、貴方が親桜に血を与え続けるの。」
「嫌だよそんなの‼そんな事したくないよ‼」
僕は必死で拒否をした。
「大丈夫よ。私も最初は嫌だった。でもね、やっているうちに、それが当たり前になってくるのよ。」
「それなら、君がやり続ければいいじゃないか‼」
強く言い放つと、あんじは親桜を見上げた。
「私ね、桜が嫌いなのよ。だって…だって桜が全てを奪い、変えてしまったんですもの。穹を奪い、私を変えた。」
僕は黙り込んでしまった。
あんじの言っている事は、矛盾が多い。嫌々血を与え始めた癖に、それが当たり前と思い、だが疲れ果て、変わって欲しいと言っている。只の我儘にしか聞こえない。
「それなら、こんな桜の木、枯らしてしまえばいい。」
僕がそう言うと、あんじは目を見開いた。
「そんな事をしたら、穹が怒るわ。」
「彼はもう亡くなっていないんだ。気にする事なんてないよ。」
「そう?」
あんじは首を傾げると、再び親桜を見上げた。
「そうよね…こんな桜の木、無くなればいいのよね…。」
そう言って、あんじはふら付いた足取りで、公園を出て行ってしまった。
あれから一週間が経ったが、親桜はまだ咲いている。あんじの姿も無かった。だがそれから二週間後、桜の木がある場所、あちこちで火事が起こった。ニュースでは放火だと報道されていた。嫌な予感がした。
近所中の桜の木が燃やされてしまったが、親桜だけは残っていた。この放火事件は、あんじの仕業だと確信をした。
僕は夜に親桜の所に行くと、家から持って来た灯油を木全体にかけた。そしてマッチに火を点け、親桜に投げ付けた。
親桜は物凄い勢いで燃えた。大きな炎に包まれて、燃えていた。これでもう放火は起きない。血も与えなくていい。そう思った。
燃え上がる炎に包まれた親桜を眺めていると、後ろから声がした。
「ありがとう。」
ゆっくりと振り返ると、あんじが立っていた。
「私には燃やせないもの。これで呪いから解放されたわ。」
「あんじ…僕に燃やさせる為に…。」
あんじはニコリと笑顔を見せた。
「消防と警察には連絡してあるは。これで貴方は、連続放火魔として捕まるわね。」
「…なっ‼」
僕はまんまと、あんじの罠にハマってしまったのだ。
「これで呪いから解放されたわ‼私は自由よ‼」
あんじは声高らかに笑った。
僕は今、刑務所の中にいる。
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