嫌いだけど好きだ

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「たぁーっ! 」 俺は勢いをつけて力一杯の飛び蹴りを刑事の頭を狙って仕掛ける。 しかし、素早い身の熟しで際どく身を躱され、刑事の背広を掠っただけでそのまま窓ガラスを蹴破り屋外へ飛んだ。  やばいっ! 外へ飛び出して、そこがかなりの高層階だったことに気がつく、が、既に遅い。 晴れ渡った空に浮かぶ雲が高速でズームアウトしてゆく。地面が見えないからなのか激突する恐怖心は不思議に湧いてこない。 その代わりに、幼い頃から続いた不幸な出来事を次々に思い出す。あ〜これが思い出が走馬灯のように蘇るってやつだ。  俺の身体が地面に激突した感はない。ただ、いつの間にか音も、光も、匂いも無い世界に入り込んでしまったようだ。 網膜に幼稚園児の俺が映っている。 どうやら俺が主役のセピア色の安っぽい映画が流れ始めたようだ。 *  朝寝ていたのに警察が強引に踏み込んできた。 「今野恵一! 強盗殺人容疑で逮捕するっ! 」 怒鳴り声に驚いたパパがパニックを起こしアパートの3階の窓から飛び降りて死んでしまった。  パパがどういう強盗をして、誰を殺したのか全く分からない。 何故、警察はあんなに強引に乗り込んできたのか? 普通に玄関で礼状を見せ同行を求めていたらあんな悲劇は起きなかったはずだ。 いきなりショッキングで、思い出したら泣きたくなるような嫌な映画だぜ。  映像が変わって小学生の時の俺だ、朝寝ていたらまた警察がお袋を強盗殺人容疑で逮捕しにきた。 小さな会社に押し入り女性従業員をバールで殴り殺し、手提げ金庫を盗んで河川敷まで逃げ、そこでバールを使ってこじ開け13万5千円を盗んだ容疑だ。 どう考えたって男の成せる技だろう! 小柄のお袋には到底できるはずもなく、警察のやることを理解もできないし、納得なんかできるはずもない。 しかし、裁判で弁護人は家庭環境を切々と訴え、情状酌量を求めるという馬鹿げた弁護をしたのだ。 警察と弁護士はグルだったとしか思えない。  両親共家に居なくなったので、父親の方の独身の叔母さんが、俺の面倒を見るため一緒に暮らすようになったが、そんな事件があったもんだから学校で虐めを受けるようになったんだ。  小学校の低学年の頃の俺は、「お前の父さん、母さん人殺し! 」とか、「お前は人殺しだから遊ばない! 」とか悪ガキどもが叫んでは逃げて行く言葉の暴力だった。が、中学年以降になるとそれらに加えて消しゴムを隠され、鉛筆を折られるようになり、小学校を卒業する頃から虐めっ子軍団に万引きを強要されるようになったし、下校途中、公園を横切ろうとするとその軍団に囲まれ、後ろから突き飛ばされ、よろけると腹に蹴りを入れられたりした、手抜きなんかしない力一杯の暴力だった。  中学校でも高校でも万引きの強要や集団リンチはしょっちゅうだった。いくら担任の先生や学校の虐め担当の先生だけでなく、警察まで行って虐めを訴えても、俺の家族が強盗殺人犯だからって話を聞いてもくれなかった。 あん時の悔しさといったら無かったなぁ。  それで、腹が立って仕返しを考え、虐めっ子が1人で歩いているところを待ち伏せして、棒切れでそいつの腹をサンドバッグだと思ってフルスウィングで叩き、そして逃げた。 そしたら、警察から俺と叔母さんが呼び出しを食い、暴力事件として大事になったが、俺を散々殴った虐めっ子軍団には何のお咎めも無い。叔母さんが「喧嘩両成敗じゃないのか! 」と食ってかかったけど、担当刑事はにやにや嫌らしいい笑みを浮かべて、「その子の家庭は強盗殺人をやるような親が揃ってるんだ、口は達者だが信用はゼロだ! ましてよその子の事は警察が捜査するんだから、余計な事を言わないで自分達の不始末だけを反省しなさい! 」そう言うんだ、情け無い。 そんな片手落ちの処分って考えられるか? 。 俺は次に暴力事件を起こしたら少年院行きだってよ、警察も学校もどうなってんのよ! 今思い返しても腹立つ。  そして、母さんが送検されたタイミングで叔母さんが自分の家に戻ることになって、今度は伯母さんの家に引き取られたが、そこの同い年のガキに風呂の湯を水に換えられ、足突っ込んだ時死ぬかと思ったぜ。そこでも色々虐められたんだ。  それで伯母さんの家を早く離れたくて、学校辞めて職を探したんだけど、中々無くって、16日目くらいだったかやっと飯場で泊まり込みの仕事を見つけたんだ。  ビルの解体工事現場でコンクリートや鉄骨の破片を一輪車で運ぶ仕事だったんだけど、上手く操作出来なくってバランスを崩してひっくり返しても、現場監督は笑いながらその使い方を教えてくれたっけ、あの時一瞬だったがいい仲間に出会えたと思ったんだ。  しかし、母の有罪判決のニュースが流れた途端に「お前の親父もお袋も人殺しなんだってな、あ〜怖い! 俺を殺さないでくれっ! 助けてくれっ! 」とか笑いながらふざけるんだ。 何回も、何回も言われ続けたらいい加減腹立ってきて、言った奴を殴ったら周りが皆んな相手の味方になって、俺はボロボロになるまで殴られ気を失った。 ここにも俺の味方はいなかったって訳だ。 そして、気付いたら留置所にいた。  取り調べが始まり俺が殴り合いになった経過をいくら説明しても、「あんた以外は全員、あんたが訳のわからない難癖つけて殴りかかったと言ってる。言い訳は見苦しい。素直に謝罪したら今回だけは注意で済ませてやる」 そう言ってニヤついてるんだ、腹立つ。 どうして此処迄俺は虐められなきゃいけないんだ! 。  飯場に戻ったら「お前みたいな乱暴者は要らん! 」と言って首になった。 で、仕事辞めて伯母さんの家に帰ったら、伯母さんも俺の話を全然聞いちゃくれず「どうして人を傷つけるような事ばっかりするの。面倒見切れないわよ! 」と言われたんで、俺は「迷惑かけた」と謝って即刻家を出たんだ。  でさ、いよいよ行く場が無くなって、都内を職探しで歩いたんだが、一週間もしない内に持ち金が底を突いて、食い物も買えなくなって、腹へって休んだ所が偶々皇居だったんだ。  「桜の代紋」が目に入った。悪の権化。 それを見て思いついた。 警察への復讐を……。  凶器を探して歩き回り翌朝6時、凶器を服の下に隠して再度皇居へ向かう。 皇居の南側、桜田門近くの警視庁の玄関前に立つ。警備員に一礼し中を目指す。静止を求められるかと思ったが素通りできた。平和ボケした奴らだとにやついてしまう。  そしてエレベータで6階へ上がる。そこに何があるのかは知らないがどうでも良かった。 エレベーターを降りて近くのドアを少しだけ開けて部屋の中を覗くと、何十個もありそうな机が幾つかの島を形作っている。その机に向かって20人位の男や女が何かをしているようだ。俺のことは誰も気付いていない。  俺は凶器を取り出してその部屋にそーっと入る。 「てめーらのせいだ!  てめーらが悪い!   てめーらなんか大嫌いだ!   こうしてやるっ! 」 大声で叫んで机に飛び乗り一番近くにいた男の頭を凶器の鉄パイプで殴る。 そいつは、いてぇーっと叫んで頭を押さえて床に崩れた。 俺は机上の物を蹴散らしながら次のターゲットの女に襲い掛かる。 鉄パイプを振り下ろし頭をかち割ったかと思った瞬間、俺の身体が宙を舞う。 何が起きた?  俺は背中から床に落ちて、衝撃でウッと呻き声が漏れ息が出来なくなる。刹那、俺の腹に女が激烈なパンチを叩き込んだようだ。空のはずの胃から透明な液体が噴水のように噴き出した。 それが最後の記憶だった。    俺が息を吹き返すと、真っ白い天井と蛍光灯が目に飛び込んでくる。 辺りを見回す。どうやら病院らしい。 女性が椅子に腰掛けていて、心配そうに俺を見ている。一瞬、大好きな母にそっくりだと思った。 「どう、お腹痛い? 」 若くて綺麗で、優しかった母に話しかけられている気がする。 強く速くなった鼓動を全身で感じ、聞こえる。一目惚れとでも言うのだろうか、心が激しく揺れ動いた。 「はい、背中も痛いけど、腹はその倍痛いです」 何故か素直に答えてしまう。 「そう、ごめんなさいね。咄嗟だったんで手加減出来なくって」 「えっ、お姉さんが俺の腹を? 」 あの激烈なパンチと優しい笑顔が結びつかない。手だってごつくは見えない、細くて柔らかそうで艶やかに見えるのに。 「そうなの、だっていきなり鉄パイプで襲ってくるから反射的に投げ飛ばして、落ちたら腹に一撃……それが基本なの。それよりどうして刑事の沢山居る捜査一課を狙ったの? 」 「あ~、何処でも良かったんだ。捜査一課かぁ……知らなかった……それだもお姉さん強いはずだ、俺、バカみたいだ」 自然に笑みが浮かんだ。それから、父の事、母の事、俺の事、全部話した。 「だからさ、桜の代紋、一番怨が濃く深いんだ。それで復讐と思ってさ。勝てる相手じゃないけど、一矢報いたいと思って襲撃したって訳さ」 「そう、悲運ね。あなたに殴られた刑事はかすり傷で告訴しないって言うから、何があっても暴力はダメよ! って警告して帰すつもりなんだけど、今の話だと行く当てが無いみたいだから、社会復帰のお手伝いする方がいらっしゃるのであなたに紹介するわね。きっと良い人といい仕事に出会えると思うわ。その辺、至急調べてまた来るから待ってて、ねっ! 」 お姉さんは、大きく優しそうな黒目がちの澄んだ双眸で、俺がたじたじの体となる程じっと見つめたままそう言って、俺が頷くのを待ってから腰を上げた。 俺は、「桜の代紋」は大嫌いだ! 、 けど、 お姉さんを好きになりそう。  しかし、それは俺に相応しくない想いだったようだ。 お姉さんが帰ってから間を空けず頭に包帯を巻いた男が病室に来た。 どうやら俺が捜査課で殴った刑事のようだ。 「すみませんでした」 一応誤ったが、そいつはそれから1時間以上グチュグチュと文句やら注意やらを喋っていたようだったが、その言葉の端々に「お前の父親は人殺し」とか「お前の母親も人殺し」とか「お前も同じ社会のゴミ」という台詞が何回も出てくる。 初めは聞き流していたが、何回も、何回も、何回も、何回も言われ続けると、腸がグツグツグツグツ煮えてきて、我慢できなくなってきた。 「うざい! お前ら警察こそゴミだ、人殺しだ! 」 思いっきり叫んだ。  刑事の顔色が変わり、俺の胸ぐらを掴んで「まだ、反省もしてない、くず野郎がっ! 」 そう言ってそのまま俺を引き起こした。 俺は反射的にそいつを突き飛ばして、廊下へ逃げようとすると、襟を強く引かれて病室の窓際まで吹っ飛ばされた。 「このやろーっ! 」 俺はそいつに殴りかかったが、さっと体を躱され立ち位置が逆になる。空振りした事に一層腹が立った。 「たぁーっ! 」 俺は勢いをつけて力一杯飛び蹴りを刑事の頭を狙って仕掛ける・・・・・・。 *  映画が終わってしまった。ということは今、俺は生から死の領域へ一歩踏み出したってことだ。  別な人生はなかったのかなぁ? あのお姉さんともっと早く知り合っていたら、もっと違った運命が待ち構えていたと思えて仕方がない。 そう言えば、これまで女を好きになった事は無かった。 この気持ちは憧れなのか? 恋なのか? もし恋なら、初恋? 18歳での初恋は遅すぎか?   あっ、お姉さんが走って来る。目は見えないけど、映画のように瞼の裏のスクリーンに映っている。 泣いてる。 俺の横で膝をついて泣いてる。 俺のために涙を流してくれてる。 こんな俺に何んて優しい。 何か反応したいけど、手も足も頭も、口も目も何にも動かせない。 あっ、俺の目から涙が一粒溢れた。 お姉さんへの感謝の気持ち、恋する気持ち、伝わるかなぁ・・・・・・。 悔しいなぁー・・・・・・誰か俺を生き返られせてくれないかなぁ・・・・・・無理か、そっかぁ ・・・・・・もっと早く、恋・・・・・・してみ・た・かっ・・・・・・。
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