Time To Say Goodbye~炎のウィンク~

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Ⅰ 市が立つ日の目抜き通りは、喧噪の中である。 この辺では見ない衣をまとい、 この辺では生れない目の色をした者が 見知らぬものを掲げ、指さす。 見ていけ、手に取ってみろ、買えと言っているのだと 身振りでようよう分かる。 品物を並べた台を叩き、声を枯らして口上を述べ、 弦をかきならし道行く人々の気を引こうと する者までいる。 獣臭、乳香の匂い、石のきらめき、布の色合い… 雑多な匂いや色、音が混ざった喧噪の中、 不意に高らかに鈴の音が響いた。 一瞬あたりがしん、と鎮まる。 時を逃さず 広場の真ん中に立った老人が、 聞きいらずにはいられない 嗄れ(しゃが)声の名調子で口上を始める。 馴染みの技芸団が いつの間にか目抜き通りの広場に陣取っていた。 彼らは毎年訪れて町の繁栄を寿(ことほ)ぎ、 人々の幸いを予言しに来るのだ。 また鈴の音。 丸くなった人垣の中に、 花がほころぶように娘たちが広がる。 弦の音、重々しい銅鑼の音、なつかしい笛の音に乗って、 嗄れた声がここへ来るまでの 旅の苦しさと水辺の安らぎを歌う。 彼の声は深く人々の心に沁み入り、 嵐を歌えば人生の苦悩と重なり、 雲間からさす陽の光を歌えば 死の平安へと導く神の手の温かさを感じさせた。 (ことば)の精のように少女達は舞い、 色とりどりの布や紐をひらめかせる。 少女達が髪に挿した花を投げると 歓声をあげて子供達が群がる。 娘たちは群衆の中へ入って行く。 娘たちが前掛けの裾を持ち上げ頭陀袋のようにすると、 人々は小銭や金貨を放り込む。 金だけでなく、菓子、果物、穀物-。 入れられるごとに、重くなる前掛けの口をすぼめながら 娘たちは微笑みを返す- 「お慈悲ですから お慈悲ですから」 突然、怯えた声が上がった。
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