おしゃべりはなちゃん

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おしゃべりはなちゃん

おしゃべりな、はなちゃん 外から雨の音がしている朝、黒柴のはなちゃんは、目を覚ましました。 「雨だとお散歩は無しだね」 振り向くと、大好きなお父ちゃんがニコニコして座っています。 よかった、今日も会えた。 はなちゃんは尻尾を振りながらそばに寄っていくと、 クゥーっと鼻を鳴らしました。 「おお、よしよし」 お父ちゃんのいつもの口癖です。 でも、はなちゃんは知っています、 お父ちゃんはもうこの世界にはいないことを。 だからこうやって朝、姿をみつけると嬉しくてたまりません。 この世界でもあの世界でも、はなちゃんの大好きな人たちに変わりはないのですから。 子犬の頃はなちゃんは若い飼い主さんのところにいました。 何もかもが楽しくて、よくお話をする子だったようです。 飼い主さんたちも、 「はなちゃん、どうしたの?」 「はなちゃん、お散歩?」 などとたくさんの声掛けをしてくれましたので、 はなちゃんはたくさんの言葉を覚えました。 そして、その日にあったことをたくさんお話しして聞かせるのが楽しみになっていたのです。 そんな日が何年か続いた頃、家の中では、あまりお話をする声がしなくなりました。 はなちゃんの飼い主さんも、はなちゃんに声をかけて来なくなりました。 でもはなちゃんは、一生懸命、話しかけます。 「ねぇねぇ、きょうは、こんなことがあったよ」 と。 すると、 とうとうある日飼い主さんは 「もう、うるさいな、はなは。黙りなさい」 と、ピシャリと言いました。 はなちゃんはとってもびっくりして、そのままベットの上で泣きました。 みんなどうしたんだろう。私がお話ししちゃいけないのかな。 だからみんなが喧嘩をするのかな その日からはなちゃんはお話をやめました。 お話をやめればきっとまた、みんな楽しく話しかけてくれるかも と思ったからです。 ある夏の暑い日、 はなちゃんは、遠くの家にいくことになったと、聞かされました。 もうこの家には誰もいなくなってしまうのだと。 はなちゃんは、それでも、また新しいところでみんなと暮らせると思っていたのです。 なので、何も言わずに黙ってついていきました。 遠くに飼い主さんの姿を見つめながら。 何日経っても飼い主さんは来ませんでした。 はなは、きっとお喋りすぎて捨てられたんだ 悲しくなってはなちゃんは、何も言葉を離さなくなりました。 もう、みんな大嫌い。 そんなある日のこと、ひとりの男の人がはなちゃんのところにやってきます。 チラリと横目で見ただけで、はなちゃんは、そのまま視線を外しました。 すると、その人は、 「いいこだ、いいこだ、うちに来るか?」 と話しかけます はなちゃんは意味がわかっていたけれど、何も答えません。 けれども、その話がいつの間にか決まってしまい、はなちゃんはとうとうそのお兄さんの家に行くことになってしまったのです。 どうせどこにいても、うるさいって怒られるし、 お話もできないし、私はどうでもいいわよ はなちゃんは半分そんな気持ちになっていたのです。 いよいよ、到着したそのお家には、とっても歳をとった男の人と女の人もいました。 みんながはなをみつめて 「おお、いい子だ、いいこだ」 と言います。 いい子なんて、何年も前から言われていません。 誰のことよ、私はちっともいい子じゃないんだから! と、つい!怒鳴ってしまうと 「ワン!ワン!」 声になってしまったのです。 「しまった!」 はなちゃんはとても焦りました。また怒られちゃう すると、大きな皺皺の手が頭の上にきて 「元気がいいなぁ、いい子だなぁ」 と撫でられるじゃありませんか 怒られないの? ちょっとだけ首を傾げてみると またそれが可愛いと、笑う。 おしっこができたと笑う この家の人たちはなんだろう はなのこと、怒らないのね。 でもきっと、またしばらくしたら怒るに違いないのよ。 はなちゃんはそう思いながら、ニコリともしないで寝床に潜り込みました。 「はな、散歩だよ」 毎日毎日、この人ほんとによく飽きないわね と思いながら、つい、尻尾がピンとなってしまうはなちゃんは、 お父ちゃんに連れられてお散歩が日課になりました。 途中で触られたり、声をかけられたりは、絶対に、文句を言わないとはなちゃんは決めています。 その度にお父さんは 「いい子だいい子だ」と言ってくれるのです。 はなはそんな時間が大好きでした。 それから何年か経ち、お父さんの歩くスピードが遅くなってきたのです。 はなは、いつでもゆっくり、お父さんに合わせて歩きます。 やがて、ゆっくりが、ゆっくりも歩けず、 歩くことが、あることもできなくなり おとうさんは、 お空へ行ってしまいました。 その夜だけは、大声で泣きたかったけど、 はなちゃんは、ぐっとこらえて、我慢しました。 おとうさんは、家ではいばったり、おかあさんや、お兄さんに迷惑をかけたり、 よくないところもたくさんあったけど、 はながいてくれて、よかったとか、 いい子だとか、たくさん話していいとか、 はなちゃんにはいろんな思い出があります。 もう会えなくなっちゃったのはとても寂しくて、 また、寝床に潜り込みました。 そんなある日のこと、目を覚ますと、目の前にお父さんがいた時は、びっくりして、変なあくびが出たくらいです。 お父さんは、まだしばらくはここにいられるからとそれから毎日、テレビを見たり、2階に行ったり、 外を歩いたり、 普通に暮らしていました。 今朝も雨の音と共に、お父さんに会えて、はなちゃんはとても嬉しく思いました。 お父さんはお昼前になるとこういいます 「さて、はな、そろそろだよ」 お父さんがいよいよお空に行く日が来たのです。 はなちゃんは思い切って喋りました 「おとうちゃん、わたし、たくさん話をしすぎて困らなかった?私のこと嫌いじゃなかった? 私がうるさくなかった?」 お父ちゃんは笑って首を横に振りました 「はなは、いい子、いい子だ。」 「誰もはなをうるさいなんて言わないよ、たくさん喋って、楽しく暮らすんだよ」 そういうと、すっと、見えなくなってしまいました。 いなくなっちゃった。 今日まではなちゃんは、時々大きな声を出すけど、 あの日のことを思い出して、すぐに、しまった! と、口を噤む癖がついてます。 でも。 お話ししていいんだ。 そういえば、おかあさんも、お兄さんも 私の話をいつも笑って聞いてくれていた。 もっとこれからも話していいのかな。 「いいって言ってるんだからもっと甘えなさいよ」 その声は 先代犬のモモです。 あ、ももちゃん! はなちゃんは、びっくりして駆け寄ります 「あなたねぇ、 そもそも、私に比べたら全然おしゃべりじゃないわよ、文句の一つも言ったっていいのよ、 この家の人たちはそのくらいでは、びくともしないんだから」 そういうと、髭の先をちょっと上に持ち上げてから 「特にお兄さんは優しいのよ。」 といいました。 ももちゃんは、お兄さんが、モモのいなくなった後に、悲しまないように、はなを手配したことを打ち明けてくれました。 「なのに、あんたったら、毎日いじけちゃって、 ハラハラしたわ」 「言葉はね、繋ぐためにあるのよ、 あなたが黙ってたら次に繋がらないじゃない」 とも。 はなちゃんは、そうやって、特別便を送ってもらってこの家に来たことを知って、ますます、 この家の人たちに何かをお返ししなければならないのではないかと不安になりました。 すると、モモが答えます 「あんたが、毎日この家でおしゃべりして、 楽しんでくれれば、みんなも幸せに感じる。それがあなたの使命だから、それだけやってればいいのよ」 そんな、おしゃべりだけしてればいいなんて。 はなちゃんはなんだか、申し訳ないような気分です。 あのさ ももちゃんはいいます 「あんたが、何も話さないで寝床に潜ると、お兄さんたちがどんなに心配してるのか知ってる? そういう気持ちにさせないことってとても大切でしょ?」 え?心配?そうだったの? はなちゃんは、自分がそんなにみんなに心配をかけてることなど感じていなかったのです。 するとももは、変な装置を使って映像を出しました お兄さんが、お医者さんや、知り合いの人に、 はなちゃんの元気がないことや、体調の悪いところをどうすれば良いかなどと、アドバイスをもらっています。 それを見ながら、はなちゃんは映像がぐちゃぐちゃになっていきます 「あんた、泣いてんの?泣く暇あったらちゃんとしなさいよ!もう、世話の焼ける妹だこと」 そういうと、装置をしまって、さっさとどこかに消えてしまいました。 一人残されたはなちゃんは 泣きながら、それでも、あったかくて、ふわふわの寝床に顔をつけて、涙を拭きました。 この寝床は悲しい時のものじゃない。 あったかいよ ふわふわだよ。 あたしはこんなに幸せなところにいたのに 何も気づかなかった いい子って言ってもらえた。 いい子なんかじゃないって捻くれて返事もしなかったのに。 いま、はなちゃんは、自分が本当は、とってもあったかくて幸せだったのに見ようとしなかった自分。 勝手に騒いだり、言うことを聞かないふりをしたり、 お話を聞いてくれてたのに、気づかないふりをしていた自分に、とても、反省しました。 きょ、 きょうは、 口から言葉が出てきます 昔たくさん話したように たくさんお話ししていい? いいんだね。 おしゃべりなはなちゃんは なんだか嬉しくなりました。 きっとまた、ももちゃんも、お父さんも来てくれるでしょう 玄関のドアが開いてお兄さんが帰ってきました。 お尻がもじもじしながらはなちゃんは待ちます。 「おかえりなさいっ! あのね!きょうはね、すごいことがあったのよ、 聞いてくれる?」 完 作、龍翔琉
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