てのひらにたまご

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 何もなかったはずの空間に、そのたまごはころんと現れた。ほっそりとした指と大きな手の平。その手がたまごを包み込むように握り込んでもう一度開くと、そこにはもう何も見えない。  乗車率80パーセントほどの混みあった電車の中で、それを目撃したのはほんの一握りの乗客だけだっただろう。母親に抱かれて泣き叫んでいた男の子は、母親の肩越しに目を見開いて神出鬼没な目の前のたまごを見つめていた。  大きな手の平の持ち主は、それからも何度か手の平を握ったり開いたりして、その度にたまごは現れたり消えたり、時には二つに増えたりした。それを見つめる子供は、つい先ほどまで泣いていたことを忘れてすっかりたまごに釘付けになっている。背中を向けていた母親は突然子供が泣き止んだ理由が分からず、小声で「泣き止んでえらいね」といかにも安堵した風に子供に話しかけていた。
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