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「春山……どうして」
ここにいるんだ、と問う前に春山が息も絶え絶えになりながら口を開いた。
「自分は……夢野さんの……物を盗ったりしない……それを……証明するためにここに来ました」
言いながら春山は教室の中へと足を踏み入れる。そして知佳の前に立つと真っ直ぐその目を見て、続けた。
「木下さん。夢野さんのラケットを持ち出して、四組の自分の席の後ろに置いたのはあなたですね」
春山の言葉に、やはり知佳は狼狽えもせずに口元には笑みさえ浮かべていた。
「それ、何か証拠でもあるの?」
「はい……」
春山が頷くと同時に、バタバタとこちらに向かって来る大きな足音が聞こえて来た。
「春山! お前速いよ!」
顔を出した男子生徒は、はぁはぁと息を吐きながら膝に手をついて肩で息をしていた。知らない生徒だ。
「すみません。……あなたが見たことを話して頂けますか?」
膝から手を離した男子生徒は、ゆっくり深呼吸して息を整えると、マイペースだなぁとぼやいて知佳の方を見た。
「あぁ、この子だよ。俺たちのクラスにイルカのキーホルダーがついたラケット持ってきたの。黙ってロッカーの上に置いて行ったから、なんかおかしいなーと思ってたんだよね」
「なんで、そのときに声をかけなかったんですか?」
「誰かに頼まれて持ってきたんだと思ったんだよ」
「そうですか」
春山は男子生徒から知佳へ身体を向け直すと、再び口を開いた。
「どうですか? これでもまだ認めませんか? ちなみに自分たちのクラスにはバドミントン部もテニス部もいませんが」
「……」
春山の言葉に知佳は押し黙った。実際の目撃者を目の前にして、とぼけることも弁解することもできないのだろう。元々、知佳はそこまで気が強いほうではない。
「もし誰かに頼まれたのなら、誰に頼まれたか教えてくれませんか?」
春山の立て続けの言葉に知佳は視線を春山から床へと移した。手は強く握りしめられている。
「……わよ」
「え?」
「誰にも頼まれてなんかないわよ! 私一人でやったの!」
知佳は口を開いて叫ぶようにそう言った。春山は肩に力が入っていたのか、ふぅ、と息を吐いた。
「……なんで……」
私はショックで声が震えるのが分かった。
「なんで……そんなこと……」
怖くて、知佳の顔が見れない。十年以上信じていた友達だと思っていたのに、知佳は私のこと、嫌いだったのだろうか。
「だって……」
蚊の鳴くような声で、知佳は呟いた。春山が促したのか、例の男子生徒は教室内にはもういなかった。
知佳のその先の言葉を聞くのが怖いが、聞かないといけない。私はゆっくり顔を上げた。
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