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「だって、春山がきららのこと盗りそうだったんだもん!」
次の瞬間、知佳の口から出た叫びに、私は「へ?」と目を丸くさせた。春山にとっても意外だったのか、言葉を無くしている。
そんな私たちの様子をよそに、知佳は続けた。
「今まできらら、男子に告白されても相手にしなかったのに、春山のときはなんだか違うんだもん。一緒にお昼だって食べちゃってさ」
そこまで言うと、知佳はキッと春山を睨み付ける。
「私のほうがきららと長い時間一緒にいたのに、こんな奴に渡したくない!」
「ちょっ、ちょっと待って! 私は別に春山とどうこうなってるわけじゃない! お昼だって蘭も一緒だし!」
知佳の言葉に、私は慌てて口を挟んだ。一体何がどうなったらそういう思考になるんだ。
「なんで夢野さんのラケットを持ち出したりなんかしたんですか?」
春山が疑問を知佳に投げつける。それも気になるけど私たちの関係についても否定して欲しい。
「春山が盗んだことにすれば、きららが春山から離れるかと思ったんだもん……」
「でもそうだとしても人の大事な物を勝手に持ち出したり、盗ったりしていい理由にはならないでしょう」
春山がもっともなことを言うと、知佳は再び押し黙った。数十秒沈黙が続き、知佳は私の方に顔を向けた。
「……ごめんなさい。ラケットを持ち出したことも、それを否定して嘘を吐いたことも」
そこまで口にすると、知佳は深々と頭を下げた。その声には嗚咽が混じっている。私は慌てて言った。
「いいよ、結果的に見つかったし、壊されたわけでもないからさ」
私の言葉に知佳は頭を上げた。その拍子に知佳の目に溜まっていた涙が零れ落ちる。そのまま、私に勢い良く抱きついてきて、私は何とか知佳を受け止めた。
「きらら、ありがとう~! 本当にごめん!」
私の肩口でわんわん泣く知佳の頭を、「大丈夫、大丈夫」と宥めながら撫でる。
ふと、視線をやると春山がほっとしたような、目を細めて温かい眼差しでこちらを見ていた。
「きぃ、解決した? もうすぐ昼休み終わるよ」
表で誰かが来ないか見ていた蘭が入って来た。蘭の声を聞いた知佳はやっと私から離れた。
「あ、お昼まだ食べてなかった!」
私の言葉に春山が我慢しきれないといった様子で、吹き出した。そのままその笑いは蘭へ伝染して、やがて知佳も泣き笑いの表情を見せた。
私はムッとしながらも、ま、いいかと諦めて苦笑いを浮かべた。何にしても無事に解決して一安心だ、と思いながら。
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