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体育のあとの三時間目は動き回って疲れきった身体を休め、四時間目はひどく空腹を知らせるお腹と闘いながら、どうにかお昼休みまでこぎ着けた。
「よし、やっとお昼だ!」
財布を握りしめて購買に走る。お昼の購買は戦争だ。早めに行かないと売り切れてしまう。
今日も放課後練習がある。ここでしっかりと食事を確保しておかないと午後がもたない。
私が購買に到着したときには既に人だかりが出来ていた。
今日の狙いはサンドウィッチとメロンパン。サンドウィッチは手に出来たが、メロンパンはラスト一個だ。人の間の隙間を縫って必死に手を伸ばす。もう少し、という所で手が届かない。
それでも必死に手を伸ばしてると、上から手が伸びてきて最後のメロンパンを掴んだ。
「あっ」
思わず声を上げて手の主を見上げると、例の男子生徒……春山雄太郎だった。
「お前!」
私の方へ一度体を向けた春山は人混みを抜け出した。時々私の方をチラチラ見ながら歩いて行く。
私はとっさにサンドウィッチを売り場に戻して、春山の後を追った。はぐられないようにと思ったが、周りより頭一つ分は高いおかげで見失わないのがなんとなくむかつく。
追いかけて行くと春山は屋上に出る階段の前で足を止めた。やっと追いついた。
「お前、春山だろう! 何のつもりだ!」
私が少々声を荒げていてもどこ吹く風で、春山は嬉しそうに笑って言った。
「あ、自分の名前知ってくれたんですね。嬉しいなぁ」
「そういうことを言ってるんじゃねぇ!」
私がつい大声で怒鳴っても春山は動じることなく続けた。
「このメロンパンを譲ってもいいですけど、条件があります」
心底楽しそうな春山の声に嫌な予感がした。
「まさか、それをやる代わりに付き合えとか言うんじゃなかろうな」
じとっと春山を睨み上げそう言うと、春山は慌てて言った。
「そんなことは言いませんよ! ただ自分は話を聞いて欲しいだけです!」
「話?」
思ってもみなかったセリフに、私はきょとんとして聞き返した。
「そうですよ、夢野さん全然自分の話聞いてくれないんですもん」
そう言いながらも春山は終始楽しそうだった。変な奴だな。
「話ってなんだよ」
「自分と付き合ってください!」
「結局その話じゃねぇかよ!」
何が言いたいんだ、この男は。
「私は名前だけで判断する奴が大っ嫌いなんだ」
苦々しく吐き捨てると、春山は少し寂しそうな顔で私を見た。
「自分は夢野さんのことを名前で判断してないですよ。そもそも自分、夢野さんのフルネーム知らないし」
「相手の名前も知らないで交際を申し込んだのか、お前は!」
それはそれで呆れる。
「夢野さんって名前は知ってましたよ」
「そういう問題か……?」
私は思わず額を押さえた。
「で、私はお前と付き合う気はないけど」
「すぐに彼女になってくれなくても構いません。自分は夢野さんと少しでも話が出来たら今はそれでいいです」
春山はメロンパンを両手で持って胸の前に掲げた。
その後、春山が口にした言葉は私の予想だにしないものだった。
「昼休み毎にこれ上げますから、話し相手になってくれませんか?」
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