序章

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序章

「私は君に、愛など与えない。その代わり、私の妻という職をあたえてやる。だが、勘違いするな。妻だからと言って、私の家の一切を自由に出来ると思うな。君に許されていることは、私の妻として働き、実家の子爵という家職を私に利用させることだ。一切の自由は、認めない」  金髪の美しい男が流ちょうな日本語を発する。頬までかかる長い前髪で片目が隠され、表情の微細までは分からない。ただ、楓が見たこともない白い壁の洋風書斎で告げられた冷たい言葉は、およそ嫁いできた女に向けるものではなかった。  しかし、それも仕方がなかった。彼はこの婚姻に爵位だけを欲し、また楓は、養父である叔父子爵家の資金繰りのために嫁がされただけ。つまりそこに愛など最初から有りえないのだ。 (お召し物は青地に黒の七宝文様だけど……)  部屋に入室した時はその柄の意味に驚いたけれど、おそらく着物に意味はないのだろう。無意味な期待を心にしまい込んで、楓は男に対して深くこうべを垂れた。    
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