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「……そうだな……。兎に角、とんだ波乱があったが、無事に終えられそうでよかった。最後のお客さまを見送ったら、私たちも帰ろう」
「はい」
さわさわとざわめく場を取り仕切りながら、楓は健斗に付き従った。
「森内さま、話が違います!」
帝国ホテルを離れたほど近く、琴子は森内と相対していた。激昂する琴子を、まあまあといさめる。
「まあまあではありませんわ! あのときは森内さまもカフスを盗まれたと証言してくださる計画だったではありませんか! そうして楓を健斗さまの妻の座から引きずり降ろし、森内さまは傷心の楓を攫うという算段だったはず!」
琴子が森内に持ち掛けられた提案はそのようなはずであった。それなのに、土壇場に来て森内は手のひらを返した。これが怒りにならなくて、なにが怒りになろうか。
「そうですね、ここで楓さまを健斗さまから離して、僕が手に入れても良かった。しかしそれでは、僕が盗人を妻に迎えることになりますからね。思い直したのです」
「だからといって……!」
尚も文句を言いたそうな琴子を制し、森内は続ける。
「今回のことで、僕は一層楓さんの信頼を得たと思います。であれば、琴子さま。これを利用しない手はないかと」
森内の怪しげに光る瞳を、琴子が訝る。
「……どういうこと……?」
「今日のことで、楓さまに隙が出来る筈です。その好機を、逃さず捕らえましょう」
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