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「琴子さんと仲直り出来たら、今度こそ姉妹のようになれるでしょうか。そう出来たら嬉しいです」
やがて森内の家に着いた。手入れの行届いた庭や門構えの森内邸は、大きめの文化住宅で、玄関やそこから続く応接間などは洋風だった。森内に案内されて応接間に通ると、既に琴子や茂三、良子が揃っており、本当にこれで堀下の家族と関係が修復できるのだと歓喜した。しかし。
「なにをしているの。早く座りなさい」
厳しい声で叱責され、慌てて彼女たちの前に座る。それでも期待感から楓が話し掛けようとするのを、目の前に差し出された一枚の紙が遮った。
「……、り、……こん、とど、……け……?」
その書面には確かにそう書いてあり、妻の欄に楓の名で署名してある。書いた覚えのない書類が提示され、楓が動揺していると、琴子が楓の右手をむんずと捕まえた。
「な、なにをなさるのです、琴子さん」
突然のことに問うと、ぱしん、と頬を叩かれる。
「琴子さまとお呼び! 使用人風情にわたくしのことを対等のように呼ぶ資格はなくてよ!」
呆然とする楓の手をぐいっと引き、親指を朱肉に押さえつけようとしている。この行為の意味がおぼろげに分かり、楓は琴子に対して抵抗した。
「何故ですか、琴子さん……っ。仲直りをしてくださるのではなかったのですか……っ?」
楓の悲痛な叫びに、琴子は見下した目を寄越した。
「何故わたくしがお前ごときと対等にならなければならないの。お父さまがわたくしを健斗さまの妻にしてくださるから、お前は健斗さまと離縁して、この家に戻り、元の通り働くのよ」
琴子の言葉に、愕然とする。話が違う、と森内を振り向いたが、森内は微笑んでいるだけだった。
「森内さま、お話が違います……っ」
「楓さまが妻の座を譲れば、琴子さまとの仲違いも解消するでしょう。琴子さまはそう望んでおられます」
「そんな……っ」
頼みの綱を失い、困惑する楓の口許を、森内が手巾でふさぐ。なにかの香りがして、意識が遠くなる。
「やあ、もう効きましたか」
森内の声が遠くに聞こえる。そのまま意識を手放した楓は、森内の腕に抱えられた。
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