菱文を纏う

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 という訳で、今日はこれまでより早く起きて、調理をしているのである。自分の内心の葛藤は置いておいて、健斗からの依頼であったことだけ伝えると、静子は大層喜んでくれた。 「ようございましたね。では私は配膳だけ、お手伝いさせて頂きますね」 「は、はい……。頑張ります……!」  そうして楓は静子が見守る中、朝食を作り上げた。みそ汁の具は大根。鯵の干物を焼いて、海苔の佃煮を添える。炊き立ての白米を茶碗に盛ると、湯気がホカホカとのぼるさまは、鯵の焼けた匂いと相まってとても食欲をそそった。 「まあ。やはり楓さまは手際が良いですね。さあ、若旦那さまが起きていらっしゃる頃合いですから、運びましょうね」  静子はそう言い、食事を盆に載せると、食堂へと運んでくれた。扉を開けて食堂に入れば、健斗は新聞を前に既に着席しており、今日も眩いばかりの白のシャツを着ている。生地がパリッとしているのは、楓がアイロンをかけたからだ。堀下ではアイロンがなかったので、使い方は静子に教わったが、こうして皴のない綺麗な状態のシャツを着ている健斗は、片目が前髪に隠れているとはいえ、それを差し引いても本当に美しくて見とれそうになるほどだ。見とれてしまった楓の傍で、静子がテーブルに料理を配膳していく。 「若旦那さま、おはようございます。今日は楓さまのお料理をご所望だったとか。楓さまは見事な手つきでお食事を作られておりましたよ」 「そうか」  健斗は静子の言葉に短く答えて、楓を見た。楓は静子の弁を捕捉しなくてはならず、咄嗟に口を開いた。 「ほ、堀下では、確かに使用人は居りましたが、料理人の包丁さばきが興味深く、見よう見まねで真似たのです」  これは嘘ではない。堀下に引き取られた当時から既に、楓は使用人の頭数として数えられており、且つ、叔父たちから度々仕事に因縁をつけられて食事を抜かれていた。なので、自然と楓は調理場に残っている具材を得ることと、料理人の手さばきを真似るとことで、命を繋いできたのだ。 (嘘じゃないわ……。嘘じゃないけど……)  言い訳ではないが、言ったことにより訝られていないかどうか、心臓をはねさせていると、健斗はごく短く、楓に次の行動を促した。 「なにをしている、座れ」
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