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「…紅い桜の下には、死体が埋まってるんだよ?」
そう男が語りかけてきたが、女は黙って、机の上にコーヒーの入ったカップを置く。
「根が絡みついて、血を吸い上げるから紅くなるんだ。…どうだい?ロマンチックじゃないか?」
「…そうね。もしそんな事で桜が紅く染まるなら、ワタシ…試してみたいワ。…貴方で…」
表情1つ変える事なく、男の座るソファに腰掛け、コーヒーを啜る女の言葉に、男は瞬きながらも笑う。
「それはそれは…まあ、君になら、殺されても良いかな?今まで付き合ってきたどの女よりも、理性的で物分かりがいい…最高だよ。」
「…そう。ワタシ、物分かり良いのね…」
「ああ。若い女の溌剌とした美貌には劣るが知恵がある。誇り給え…」
「そう…」
褒めてるのか貶しているのか分からないような男の言葉にも一切顔を崩さず、女は…まるで何かを待ってるかのように、ただただコーヒーを啜る。
「ああいかん。下らない話をしていたら冷めてしまうな。君は不器量だがコーヒーを淹れるのと床だけは上等だからね。」
言って、男がコーヒーを口にした刹那だった。
女の柳眉が、僅かに揺れたのは…
「グッッッッ!!!??」
カシャンと、カップが割れる音で、室内の空気が切り裂かれる。
いつもと変わらないコーヒーを嚥下しただけなのに、焼けるような激しい苦痛が男の全身を包み込み、忽ち踏ん反り返っていたソファから転がり落ちる。
喉を押さえ、もがき苦しむ男の眼前に、白い脚がヒタリと現れる。
「お、な……」
声にならない声。
でも、自分を見上げる男が何を言いたいか、女には容易く推測できた。
−お前、何をした−
…と。
苦しみを露わにし、不様に床を這い蹲る男を見下ろしながら、女は冷たい表情のまま口を開く。
「…言ったでしょ?あなたで試したいって。…まあ尤も?あなたみたいな下衆の血なんて、桜も迷惑でしょうね…」
「……………!!!……………!!!」
反論しようと口をパクパクさせる男を、女は愉しそうに見下す。
「どう?散々軽んじて見下げてきた愛人に見下ろされながら死ぬって、どんな気分?嘸かし悔しくて、悔しくて、腑が煮えくり返ってるでしょうね。…だけど、」
キュッと、女は瞳に力を込め、まるで般若さながらの憎しみに塗れた表情(かお)を、狼狽する男に見せる。
「ワタシはそれ以上に、あなたに虐げられてきた。妻とは別れるからを文句に、都合のいい女郎のように、10年扱われてきた。ハリのある肌は萎み、髪の艶は衰え、老いさらばえて行くのに、あなたは結局…何にも応えてくれなかった。だから、」
かがみ込み、女はもがく力もなくし、徐々に死に絶えて行く男の耳元でそっと囁く。
「偽りの愛もお手当も、もういらない。別れの土産に、あなたの残りの人生、全部ちょうだい?」
「……さ、や、………」
「さよなら。角谷さん。」
*
深夜。
男…角谷が歴代の愛人を囲っていた邸宅の庭に咲く桜の大樹の下で、女…沙耶は無言で立っていた。
見上げると、月光輝く夜空に棚びく、純白の花弁。
しかし、美しいその様をみても、沙耶の顔には笑顔はなかった。
「…来年はこの美しい花弁を、ワタシの身体と心同様、穢すのね。ホント、憎い人…」
呟き、大ぶりのボストンバック1つを抱えて、沙耶は花吹雪に見送らせて、邸宅を後にした…
後に留置所で、彼女は見張りの警察官に訊いた。
角谷を埋めた…あの桜の大樹の花は、彼の血で紅く染まったかと。
しかし、警察官はバカを言うんじゃない。綺麗な純白だった。そんな世迷言を考える暇があったら罪を悔いろと言ったので、沙耶はやはりと、薄く嗤って呟いた。
−ホント、どこまでも嘘つきの、憎い人…−
…と。
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