71人が本棚に入れています
本棚に追加
屋台を引く若者はカラコロと鈴の音を鳴らして近づいてきた少女たちが托卵の巫女と気づくと転げるほどに驚いた。しかし衝撃が去ると、すぐに笑顔で屋台から商品を取り出して見せた。
「これは今年考案した新作でしてね。こちらが茘枝の果汁、こっちは夏ミカンを合わせたものです。口当たりもさっぱりしてますし、今日みたいな気候の日にはぴったりですよ」
目を輝かせた二人はおすすめされた氷菓子を一つずつ選んだ。
渡された匙で二つの味を交互に食べ比べる。細かく砕かれた氷が舌先でひんやりと溶けると、瑞々しい果汁の甘味と香りがすっきりと広がった。
「これ、お兄さんが作ってるの?」
「ええ、今年は冷夏の兆しがあると聞きましたから。取っておいても無駄になるようなら、いっそ来年の夏に向けて売れそうなものをと色々試してるんですよ」
そう言って若者は線の細い肩を落とした。遠くの藤を眺めた表情は重く暗いものだった。
今年のトコワの春は長い。奇妙なほどに。
例年ならば藤の花はとっくに全て散り、薄く豆果の下がる様子が見られる頃だ。きっと、引き継ぎが来ないトコワの空で、生真面目な今年の春竜がなるだけ持ちこたえようとしているのだろう。
いずれ春は終わる。
その時トコワの空がどんな色を見せるのか。
それは今年、人々がみな抱えている不安だった。
「それじゃあ来年は、『夏竜さま御用達』の幟を用意しなきゃですねえ」
「え?」
若者が顔を向けると、匙を置いたリリと目が合った。その隣でリラも笑いながら言う。
「そうそう。托卵の巫女が立ち寄った氷菓子屋さんなんて、来年の夏はきっと行列間違いなし」
「だから笑ってください。笑って、生まれてくるこの卵たちを安心させてあげてください」
「あ……」
瓜二つの笑顔に見つめられた若者は恥じ入るように目を伏せた。やがて、ぎこちなくも小さな笑みを浮かべながら頷いた。
「ええ、そうですね。……言祝ぎをさせていただいても?」
「はい、どうか」
二人の抱える卵に左右の手を乗せた若者は穏やかな表情でそっと目を閉じた。
「イツミの夏は、カミツレの花畑が広がって、風が吹けば天まで香ると評判の美しさなんです。ぜひ来年見に来てくださいませ。……御身つつがなくご生誕なされますよう、祈念申し上げます」
二つの卵がカタコトと動いた。
最初のコメントを投稿しよう!