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5.かわらないまま
私はふさぎ込むようになる。
シェリヤールが私を街に行かせようとする度に落ち込んで、だんだんと下を向いている時間が長くなる。
そんな私に彼も困っているみたいで、私も余計にどうしていいかわからなくなる。
<どうしたのどうしたの>
小鳥たちが、私の周りを飛び回った。
私は頭を振った。
「何でもないよ」
<なんでもないなんでもない?>
<嘘だ嘘だ>
<泣きそうな顔泣きそうな顔>
鳥たちが口々に言うのに、私は唇を尖らせた。
「……だって、どうしようもないんだもん」
<どうしてどうして>
「……シェリヤールは、私を子どもだと思ってるもん」
私がぶつぶつ言うと、さざ波が広がった。
<シェリヤールが好き? シェリヤールが好き?>
私が黙ってしまうと、鳥たちはさらに賑やかにさえずった。
<ねえ、好き? ねえ、好き?>
<好きなんだよ好きなんだよ>
「もう、やめて。やめてよ」
たまらなくなって、私は鳥たちに叫んだ。
鳥たちが一斉に飛び立ち、見開いた私の目の前に黒い猫がやってくる。お城の庭に住んでいる親子猫の、母親の方だ。
<うるさい鳥たちねえ>
したん、したん、と、母猫は尻尾で地面を叩いた。
<いま、子どもたちがやっと寝たところなのに。起こしたくないから、鳥たちとおしゃべりするのもほどほどにしてちょうだいな>
「そうか。ごめんね」
私はうつむいて、自分のつまさきを見ている。
やがて、猫が訊いた。
<鳥たちと何を話していたの>
「うん……。私が、元気がないって心配してくれてたの」
<ああ、そう。あなたが元気がないから、このお城もどよんとしているのね>
「えっ? このお城、どよんとしてる?」
私の言葉に、猫は頷いた。
<してるわよ。空を見てごらんなさい。このところずうっと曇り空、それにこのまとわりつくみたいな湿気! 毛がべとついちゃうわ>
空をあおぐと、確かに重苦しく雲が垂れこめている。
「これ……私のせいなの?」
私はまじまじと猫を凝視した。
くりくりした、賢そうな瞳。何でもわかっているみたいな。
この子はもしかしたら、私よりもずっと長く生きているんじゃないかしら。私はそんなことを思う。この子も魔族なのかもしれない。質問したとしても、はぐらかされて答えてはくれなさそうだけれど。
「どうして、私のせいなの」
私は胸を押さえながら質問した。
ぴしん、と、猫の尻尾が音を立てた。
<このお城にかかっている魔法はあなたのためのもの。あなたが曇ると、魔法が曇る。魔法が曇ると、お城が曇る>
「どうして? だって、魔法をかけたのはシェリヤールでしょう?」
<あなたが曇ると、シェリヤールが曇る>
「私が曇ると、シェリヤールが曇る……」
私は顔を歪めた。
「でも、だって、じゃあどうしたらいいの? シェリヤールは私を街に返したいの。人の生活に戻したいの。でも、私は帰りたくない。ここにいたい」
<ここに? このお城に?>
「シェリヤールの傍に」
くねんくねんと、猫はつまらなさそうに尾をくねらせた。
<ちゃんと見えているのに曇っているなんて、人間って面倒ね>
「ちゃんと見えている……?」
私ははっと息を呑んだ。
そうだ。答えは出ている。私は人の街には帰りたくなくて、シェリヤールの傍にいたい。
だって、シェリヤールが好きだから。幼い頃のような好きではなくて、大人の女として見てほしい好きだから。
「……魔族って、人間の女を好きになることあるのかしら」
私がこぼすと、猫の尻尾がぱしんと鳴った。
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