6.あいしてる

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6.あいしてる

 その後、3日間だけ考えた。  どうしよう。言えるかな。恥ずかしい。なんて思いながら悩んで、でもやっぱり答えはひとつだった。  4日めの朝が来た。私は服を着ると部屋を出て、シェリヤールの寝室に向かった。  そうっとそうっと、扉を開ける。  お母様お父様とおうちに住んでいた頃から、いまも、シェリヤールはずっと朝起きて夜寝る生活をしている。魔族という生きものには昼も夜も関係ないのだそうだけれど、人に合わせて生活するようになったら、馴染んでしまったらしい。  お布団はよく眠れる魔法の布だと、シェリヤールは言う。  そのベッドで、ゆったりと眠っている彼の上に、私は飛び乗った。 「ううん? え……」  シェリヤールの瞳が開いた。  きらりと虹が浮かぶ瞳。虹がざらざらの砂粒みたいに、細かい複雑な動きで輝く、神秘的な瞳。  きれい。  この瞳を最初に見た時からずっと、私の心は囚われていた。 「ティーデ? どうしたの」  問われて、私はぎゅうっと拳を握りしめた。 「シェリヤールにお願いがあるの」 「お願い?」  私は思いきり首を縦に振る。 「絶対に聞いてほしいお願い。だめって言わないでほしいお願い。一生のお願い」 「一生のお願い?」  シェリヤールはまた訊き返した。  困惑顔が、胸に刺さる。でもここでやめてはだめ。ちゃんと言わないと、シェリヤールはきっと私を街に連れていってしまう。  街で、魔族の自分とではなく、人と暮らしなさいって、そうしていつか、私を置いていってしまう。 「シェリヤール、私、ここにいたい」  私はきっぱりと言った。  彼の眉間が曇る。 「シェリヤール、私、ここにいたいの」  重ねて言っても、シェリヤールは応えない。  涙がにじんできて喉が詰まりそうだったけれど、私はどうにか口を開いた。 「シェリヤール、私の元気全部シェリヤールにあげるから、私をお嫁さんにして。ずっとここに置いて」 「お嫁さん?」  やっと、シェリヤールが反応した。 「魔族は結婚なんてしないよ」  やっと反応してくれたと思ったのにそんな台詞で、私はまた拳を握った。 「じゃあ、シェリヤールは世にも珍しい人と結婚する魔族になってよ。私のお婿さんになって」 「お婿さんだって?」  シェリヤールは呆れたふうでため息をつく。 「僕と結婚したって、何も生まれないよ」 「何かを生み出したいから結婚するんじゃないもの。シェリヤールが好きなの。大好きなの。だから結婚したいの」 「困ったなあ……」  シェリヤールは本当に困りきった様子で私を見上げて、長いことそのまま見つめていた。  小鳥たちが戻ってきて、ちゅんちゅんとさえずる声が聞こえてくるまで。  なああ、なああ、と、子猫が母猫を呼ぶ声が聞こえてくるまで。  ふと、私たちの上に太陽の光が射した。  分厚かった雲が引いていって、さんさんと輝く太陽が顔を出した。光が届いて、薄暗かった部屋の中も明るく照らされる。  晴れたんだ。  私がシェリヤールに視線を戻すと、彼は微笑んでいた。 「名前を預けるっていうことの意味、覚えてる?」 「うん、私に縛られるっていうんでしょう」 「そうだよ。君が本気で命令したら、僕は逆らえないんだ。もしも君が死んだら、僕も死ぬ。魔族の名前を預かるっていうのはそういうことなんだよ。だから、最初のひとりとしか契約にならないんだ」  私はあっと声を上げた。  そうだったんだ。だからお母様は、シェリヤールに覚悟はあるのでしょうと言ったんだ。  シェリヤールの手が、私の頬に触れた。 「やっぱり、君が僕を呼んだんだよ。あの時から、僕は君に縛られていたんだね」  こうして、私とシェリヤールは夫婦になった。  といっても、結婚式もドレスも何もないし、いままでの生活と何かが変わったわけでもない。そりゃあ、まあ……夫婦の営み、みたいなことは、たまにあるけれど。  ちなみにシェリヤールは、厳密にはそういうことに対する欲はないらしい。でも、そうしてくっついて眠ったり抱き合ったりすると、生気を吸うのとは全く違う良質な力が手に入るのだそうだ。 「あの日私にキスしたのも、そういうことだったのね」  私が言うと、シェリヤールはどことなく決まり悪そうに目をそらす。 「子どもだからどうかなとは、思ったんだけどね」 「私、あの時ぼうっとしちゃったよ。子どもだから?」 「うん、まあ……子どもだから、恍惚をそういうふうに受け取ったんだろうね」  そういう方法だと、私も生気を吸い取られるわけではないから、寝込んでしまったりすることはないらしい。  寝室がひとつになった。  共寝するようになったら、シェリヤールはますますお布団が好きになってしまったようだ。ふかふかのお布団で、手を繋いで、寄り添っていると、 「ずーっと寝ていたいなあ……」  そんなふうに、彼は言う。  私も、とても幸せ。 「いまだから言うけれど、僕は君をヒトに返すのがつらかった。時間をかけていたのは、君を慣らそうとしていたのではないんだよ。君が自分でもう行くって言うまで、先延ばししていただけなんだよ」  シェリヤールが、私の髪に長い指を絡ませる。 「君に、傍にいてほしかった」  その告白で、シェリヤールは証明してくれた。魔族も、人を好きになることがあるんだって。  私たちのお城は、今日も晴れている。 終わり
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