マッチポンプ

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※ ※ ※ 私の家には綺麗な桜がありました。 桜はそれはそれは美しく、多くの人を惹きつけました。 その中には当然家族の存在もありました。 「ソメイヨシノって知っていますか?」 私が尋ねると目の前の大柄な男は首を捻った。 「桜の品種では?」 くたびれたスーツの乱れを直し、それがどうしたと言わんばかりに再び顔を強ばらせる男。 「そうです品種。でもそれが桜なんです」 私の答えが気に食わないのか男の足が揺れる。 「何が言いたいんで?」 「えーっと、知りませんか?桜の木はソメイヨシノという品種しか存在しないんです」 私はこの男を不機嫌にしたい訳ではないので、必死に優しいトーンで明るく振舞った。 しかし、それがその男の神経を逆撫でてしまったらしい。 男は、私と男の間を隔てる無機質な机を力強く叩いた。 「ふざけるのもいい加減にしてくれ!あんたは荻窪事件の重要参考人なんだ。今の立場ってものを考えてからものを言ってくれ。あんたの言葉次第でこの事件も犯人の行く末だって決まっ ちまうかもしれないんだ!」 そう叫んでから、男は上顔を右手で掴んで大きく息を吐くと、落ち着いたのか再び硬いパイプ椅子の背もたれに背を預けた。 「すまない、若い女性にとる態度じゃなかった。しかし、今この瞬間にも多くの人間がこの事件を解決するため休まず尽力している事は理解して欲しい。皆疲労が困憊している、そろそろ事件について話してはくれないか?」 この男、手塚正義という刑事とこうして顔を合わせるのは両の手で収まらなくなってきただろうか? 同室端の机に掛ける若い男ももう何度も見た。 「すみません。力になりたいのは山々なのですが、何度もお話している通り私にもあの日何が起こったのか分からないのです」 それを聞いて手塚氏は分かりやすく肩を落とした。 「ですが、事件の真相を知りたいのは私も同じなんです。ですからどうですか?2人でこの事件を解き明かしてみるというのは?」
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