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つきあう?
そんなこと、現実には考えてなかった。いや、考えていなかったわけではない。けれど、子供が将来の夢をオリンピックで金メダル! と言っているのと同じレベルの妄想だ。
「い……池井さん? 大丈夫ですか?」
座り込んだ俺の顔を鈴が心配そうにのぞき込む。
この人と付き合えるってこと?
一人占めして。
特別に優しくして。
甘やかして。
四六時中、好きでいてもいいってこと?
考えただけでかっ。と。顔が熱くなった。いきなり喉の奥が痛くなって、視界がぼやける。
自分が泣いていると気付いたのは、地面に落ちた雫のあとが目に入ったからだ。
「池井さん……その。迷惑でした? そうだったら、きっぱり断ってください。池井さん優しいから、気を使ってくれたら、勘違いしてしまいそうだから」
そんなことを言ってふ。と、寂しそうに笑う鈴。自分もそうだったから気付いてなかったけれど、鈴の手も小さく震えていた。
きっと、鈴だって俺と同じように悩んだんだと、その表情で分かる。鈴があんまりにも出来過ぎた王子様だから、不安なんてないと勘違いしていた。
でも、違った。
鈴は俺よりも年下で。まだ、学生で。人付き合いが得意ではなくて。愛想笑いが苦手で。感情表現も苦手で。真面目で、優しいただの男だ。
「……でも。迷惑はかけないから。今までみたいに……友達ではいた……」
「俺も好きだ」
だから、真摯に、真っ直ぐに伝えてくれた言葉には、俺も真剣に答えないといけない。
ぎゅ。と、鈴の手を握り返す。それから、そのまま、立ち上がる。完全に足から力が受けていると思っていたけれど、驚くほどすんなり立ち上がることができた。
「何の取柄もないし、鈴君には釣り合わないけど……俺は。鈴君の……恋人になりた…、い」
鈴の目を見て、そう言うと、言葉が終わらないうちに、鈴の腕に包み込まれた。
「……ああ。も。今日は、最高の日だ」
耳元に鈴の声が聞こえる。その声が少し震えている。
それが、堪らなく可愛いと思った。
だから、俺も、精一杯、鈴の背中に手を回して、抱きしめた。
鈴の肩越しに見える月が、とても綺麗な夜の出来事だった。
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