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2 俺と、じゃない方
店を出ると、外は刺すような寒さだった。空が晴れ渡っていて、星が瞬いている。いわゆる放射冷却というやつで、道端で寝たら明日には冷凍俺の出来上がりということになりかねない。
辺りを見回すと、少し先の電柱の近くに戌井らしき黒っぽいスーツの姿が見えた。酔っているせいなのか、街灯が暗いからなのか、妙に遠く感じる。
ふと、何かが聞こえた。
耳の奥で。いや、どこか遠くで、それも違う。まるで水の底から聞いているような感じのする音だった。けれど、それが、なんの音なのかはよくわからない。
頭を振って耳を澄ましても、その音は二度と聞こえなかった。
「戌井……」
戌井らしき人影に向かって歩き出す。
この辺りは飲み屋が多い。ビジネスホテルもたくさんあって、週末の夜にはそこそこの人通りがある場所だ。ぼーっとした狭い視界で見つめる先、近くのチェーンの居酒屋の前に10人くらいの男女が立ち話をしている。多分大学生くらい。これからどこに二次会に行くか話し合っているといったところだろう。
若くていいな。
なんていう、ジジくさい感想が頭を過る。一晩中飲み明かすなんて、若者の特権だ。
ふふ。と、笑みが漏れたのは、自嘲と自分の大学時代の恥ずかしくも楽しい思い出と、わいわい。と、元気のいい声に微笑ましさが、ごちゃ混ぜになって、少し楽しい気分が戻ってきたからだった。
今日の同級会は概ね楽しかった。怪談話は元々嫌いじゃないし、変なものを見るのもいつものことだ。だから、飲み過ぎてしまったこと以外はいい一日だった。
顔を上げると、街灯の下に黒いスーツ。
誰だっけ? ああ。戌井だ。と、思う。のろのろ歩いて待たせてしまっている。急がないと。
足を速めようとすると、また、ぐらり。と、足がもつれた。
「池井さん」
がし。と、腕を掴まれて、倒れそうになったのを引き戻される。
この声は聞き覚えがある。どころか、最近はすぐに聞きたいと思ってしまう声だ。低くて、よく通る優しい声。
「鈴……くん?」
そんなわけがない。酔っぱらって都合のいい夢を見ているんだ。
俺は思う。
けれど、やっぱり、大きく胸が跳ねる。期待に声が上ずる。顔を上げると、腕を掴んで支えてくれているのは鈴だった。
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