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「ちょっと、葉さん。何話してんの? 恥ずかしいこと、言わないでよ」
そう言って、店の奥から鈴が出てくる。顔が赤い。話を聞かれていたらしい。
さっきまで仕事着を着ていたけれど、もう、着替えていつもの落ち着いた色合いのコーディネートになっている。
「別に恥ずかしいことなんて言ってないよ? ね。池井君」
同意を求めてくる風祭さんに頷いて同意する。確かに恥ずかしいことなんて言っていない。鈴がどう思うかは別として。だけど。
「ホントですか?」
カウンター席の俺の隣に座って、鈴が顔を覗き込んでくる。あの日以来、しっかりと時間を作って会えるのは初めてでなんだか気恥ずかしい。未だに、この国宝級イケメンが自分のことを好きと言ってくれているのが信じられない。まるで、挨拶するみたいに、鈴がLINEで好きだって伝えてくれなかったら、多分、夢ということにして流していたと思う。
「ん」
今日は、鈴のバイトが終わるのを待っていた。約束していた映画を断ったのは、本当にゼミの教授にこき使われそうになっていただけらしいのだが、結局怪我のせいで手伝わされずに済んだのだと、鈴は笑っていた。それから、調べたら土曜日だけレイトショーをしていると知って、埋め合わせにと誘ってくれた。
俺の方はというと、もう、朝から、そわそわして、今日は何も手につかなかった。
「葉さん。あれ。ちゃんと、言ってくれた?」
俺と同じお茶を鈴の前に出した風祭さんに、鈴が言う。
「ああ。うん。けど、本当に話したほうがいいかな?」
風祭さんは少し躊躇っているみたいだった。
「このことはちゃんと話しておいた方がいいと思う」
二人の会話を見つめてなんのことだ? と、首を傾げていると、わかった。と、ため息をついて、風祭さんがカウンターの下から何かを取り出して俺の前に置いた。
「これ。店のポストに入ってたんだ。
肩くらいのさらさらの髪の創元館の制服の女の子が、入れてるところシロが見たって」
それは、可愛い模様の入った便せんだった。今時、手紙なんて珍しい。
「中見てごらん」
他人の手紙を見るのなんて、と、俺は躊躇した。表書きに書かれた宛名は『きたじますず様』。だから、鈴の顔を見ると、鈴は頷いて見せた。
中の一枚を取り上げて開く。便せんにはぎっしりと『すず君が好き』と、赤いペン字で書かれていた。本当に隙間などない。三枚の便せんにただただ、『すず君が好き』と、書かれているだけの手紙。背筋を冷たい何かで撫でられるような不快感。
他の手紙も、似たようなものだった。鈴と彼女の情事の様子を何枚にもわたって書いたもの。自分がいかに鈴に相応しいか書いたもの。鈴とは前世の運命で結ばれているという説明。
それが、おそらくは50通以上。最後に見たのは、酷く乱れた字で書かれていた。
それは、俺に対する恨みや呪いが綴られているものだった。
「あ。ごめん。それは別にしといたつもりだったのに」
さ。と、風祭はそれを俺の手から取り上げる。けれど、少し見ただけで、彼女が俺にどれだけ強い憎しみを持っていたかが伝わってくるようだった。
「ホントごめん。不快な気分にさせるためにこんなことしたんじゃないんだ。ただ、彼女が本当にストーカーって言われるような人で。鈴は被害者だし、ただの逆恨みだから、池井君は気にしないでほしいって言いたかっただけなんだ」
申し訳なさそうな顔をして風祭さんが言った。
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