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からん。からん。
その時、扉が再び開いた。
「あ、ごめん。邪魔した……」
顔をのぞかせたのは鈴だった。少し、罰が悪そうに、寄り添う二人から視線をそらす。
「なんだ。忘れもんか?」
貴志狼の方は、特に照れるでも、慌てて離れるでもなく、葉の肩を抱いたまま答えた。葉の足のこともあって、葉の肩を抱いているのなんて日常茶飯時だと思っているんだろう。そうでなくても、幼いころから知っている上に、二人の関係を間近でずっと見ていた鈴には、隠しても仕方がないと思っているのかもしれない。
「あ、はい。鍵」
カウンターの下を覗き込みながら、鈴が答える。それから、あった。と、小さく呟いてから、体を起こした。手には、鈴の自宅の鍵が握られている。
「すんません。もう邪魔しないんで」
別に嫌味と言うわけではなく、おそらく、鈴は本気でそう言って、ぺこり。と、頭を下げて、二人に背を向けた。
「あ。鈴」
その背中に葉は思わず声をかけた。
「なに?」
振り返り、鈴が答える。
「あ、いや。その」
菫のことを不安に思っているのは、鈴も同じだろう。だから、お守りを渡した。真鍮の鈴がついたあれは、鈴が思いつく限りあらゆる方法で、『あちら側』から、菫を遠ざけるためにおそらく鈴自身が作ったものだ。
けれど、それでも菫は危険な目に遭ったし、鈴のお守りは穢された。菫には大したことじゃないと言ったし、実際穢れなんて、『菫』が『綺麗にしたい』と願って洗えばすぐに落ちてしまう。問題はそこではなくて、穢されたこと自体だ。
何の加護もなく、あれに触れる『あちら側』のものなんているんだろうか。
いると考えるのも。いないと考えるのも、怖い。
そんなことを、鈴に言ってもいいんだろうか。
二人のことを祝福してやりたい。世間の目で二人の思いが折れそうなとき、せめて自分と貴志狼くらいは味方でいてやりたい。と、葉は思う。だから、こんなことを話して不安を煽ったりしたくない。
「大丈夫」
まるで、葉の思いを見透かしたかのように、鈴は言った。否。葉の危惧するところなど、鈴にもすべてわかっていることなのだろう。
「だし……なんて言われても、もう、諦めるのは無理だよ」
鈴がどうして、そこまで菫に執着するのか、葉には分からない。菫に人間的な魅力があるのは、理解できるが、菫以外にも鈴を純粋に思っていてくれた人もいたと、葉には思える。それでも、誰とも深く関わろうとしなかった鈴が菫にだけ固執する心境の変化はどこから来るのか。
わからないけれど、感情を表現するのが苦手な従兄弟が、隠しもせず感情を溢れさせるような人は多分、もう現れない。それが、鈴にとってアキレウスの踵となることも、鈴は気付いているのだろう。
「わかったけど……」
納得はしていない。
けれど、葉の思いを分かった上で、大丈夫という鈴に今更不安を言葉にすることは無意味だ。だから、葉は別の言葉を選ぶ。
「鈴。さっきの言葉、前にも一文あるって、知ってる?」
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