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新学期になった。
三年生だった先輩たちがみんな卒業し、今年からは繰り上がって私たちが三年生。一年生のときから仲の良いサチが無事おなじクラスになったので、卒業まで教室のなかで居心地の悪い気分にはならずに済みそうだ。
などと考えていると、窓から吹き込む暖かな風にあおられて変えたばかりで慣れないシャンプーの香りが鼻を突いた。
小さく溜息を吐く。早く慣れたい。この香りを受け入れて好きと言えるように。
「なにユキ、眉間にシワ寄ってんよー?」
気付けば目の前にサチが立っていた。もう万全の帰宅体勢だ。
「ん、まあ、ちょっとね」
「あっそうちょっとね。んでさあ」
へらっと返した親友はこんなときこれ以上突っ込んで来ない。さらりと無かったように話題を変える。
「このあと適当に声掛けて駅裏の公園で花見すんだけど」
「行かない」
即答だった。わざわざ声をかけてもらってなんだけれども、お花見は絶対に受け入れられない。そしてサチもそれは予測の範囲内だったのだろう。気を悪くした様子もなく続ける。
「だよねえ。んで夕方から二次会でオケるけど?」
「そっちは行きたいな」
これも即答する。確かに友だちが多いほうではないけれども、別に集まってわいわいするのが嫌いなわけじゃない。誘われれば行くしサチもそれをわかってるから声をかけてくれる。
「オッケーじゃあ移動するときに連絡するわ」
「ありがと、よろしくね」
そう言って去っていくサチを見送ってまた小さく溜息を吐く。こんなことで親友に心労をかけるのは本意じゃない。
けれども。
先輩が好きだったカフェラテを嫌いになりたい。
先輩が好きだった映画を嫌いになりたい。
先輩が好きだったゲームを嫌いになりたい。
先輩が好きだったシャンプーを嫌いになりたい。
先輩が好きだった髪型を嫌いになりたい。
先輩が好きだった服を嫌いになりたい。
『俺、花は桜が一番好きだな』
先輩が好きだった桜を、嫌いになりたい。
ならなくてはいけない。
だってもう、あのひとは彼女のものなのだから。
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