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1-2『世話焼き士族くん』
「おい」
「──父上! 申し訳ありませんッ!」
「寝ぼけてんじゃねえよ。向かい、いいか」
「ふあ?」
飛び起きた私は、仏頂面で立っているインバネスの少年を見上げ思わず腰を浮かした。
──ガタンタタン、ガタンタタン……
冷えた線路と車輪のぶつかる音を聞きながらだんだん頭が醒めてきた。私は遅れて状況を理解し、どうぞどうぞと席をすすめた。
「ありがとう」
彼は向かいの空席に掛け外套を脱ぐと、丁寧に畳んで荷物の上に重ねた。詰襟シャツに馬乗り袴、いわゆる書生のような装いの彼は、暗闇の窓外に街の灯を探しつつ長い脚を組んだ。
私は大きく伸び上がった右手で頭の後ろを掻いた。春冷えの上ずっとおかしな姿勢だったので、体中あちこちが痛い。座って寝るというのは、ここ十年で初めてのことだった。
すっかり凝り固まった体をほぐしていると、腕組みしたままの少年が静かに口を開いた。
「お前、霧島だろう」
「えっ! なぜ自分の名前を」
瞠目する私に、彼はさらりとした顔で答えた。
「見送りの数、凄かったから。俺ひと駅前から乗ってたんだ。霧島中将の息子が同級だって聞いて、あー多分あれだなって」
「へえ……ああ、霧島誠だ。よろしく」
「長門弓親」
私が握手を求めると長門はじっと手を見つめ、用心深く握手をした。左利き、小指と薬指のあたりにまめの出来た硬い手をしていた。
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