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「汽車でこれじゃ船は危なかったな」
「船?」
「やっぱり……呉に着いたら船に乗って江田島へ渡るんだ。まあ迎えくらいはいると思うが」
長門はヘッション! と少し癖のあるくしゃみをして鼻を啜った。
私は窓際に肘をつき、外に広がる暗がりを見詰めぽつりと呟いた。
「離れ小島で三年間の始まりか。こんなに苦労して入るのに、何だか刑務所みたいだ。倍率四十倍の刑務所か」
「やめろよお前……!」
長門は肩を震わせながら笑いを噛み殺した。
「──でもまぁ、分からんでもないな。学校の外を『娑婆』とか言うしな海兵は。外界は煩悩だらけだってこれからみっちり教えられんだろ」
「へえ。長門は詳しいなあ」
「うちは兄貴も海軍だから。色々聞いて震えてるよ」
「色々か。聞きたいような、聞きたくないような……」
「霧島はお父上から何も聞かなかったのか?」
「時代も違うからなあ。あと何か怖くて聞けなかった」
「だよな。俺も聞かなきゃよかった。はあ」
私たちは揃って溜息をつくと、何も言わずに真っ暗な夜空に視線を泳がせた。
思えばこの日の内にありったけの洋菓子を頬張っておけばよかった。一人ひとり願望は異なるが、長く苦しい禁欲生活の幕開けが汽笛と共にゆっくりと近づいてくるような気がした。
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