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プロローグ
「少尉様は、本当に白がお似合いになりますね」
彼女は白いワンピースの胸前で藍玉色に煌めくクリームソーダからパフェスプーンを抜き取り、菫のような唇へと運んだ。妖精のように微笑むもので、私はたまらず鼻の頭を親指で擦った。
彼女が笑うと、世界がすこし優しくなったような気がした。白い軍服の胸が高鳴る。
入口のドアが開き新しい風が店内に満ちる。回遊する外気が、ふんわりと愛らしい楊柳のリボンを蝶のようにひらめかせた。私はその様をずっとずっと見ていたくて、人の出入りで落ちつかない入口付近のこの席を開店一番に陣取り、約束の昼前までの数時間さえも待てをして幸せに過ごした。
「さくらんぼ、食べますか」
「はい」
──彼女が笑ってくれるなら、どんな楽しみもさえも差し出せる。どんな不幸も厭わない。
海軍少尉になって三年目、若者の楽しみ全てを江田島の海に棄てた青春が今でもふと蘇る。どんな不幸も厭わないとは言ったけれど、さすがにあれはキツかった。洒落にならんくらいキツかった……
出来るならあの頃に戻り、十六歳の自分の両肩に手を置き『少尉になったら滅茶苦茶良いことがあるからそれまで頑張れ! 強く生きろ』と励ましてやりたい。
手を組みテーブルに肘をつく私を彼女は──小夜さんは、ほっこりと見詰めている。
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