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「また暫くお別れですね」
小夜さんは優しく微笑った。私はしょぼくれて軍帽を脱いだ。伸びっぱなしの襟足がピョンと返っている。
「はい。寂しいです……」
「普段も滅多に会わないのに?」
私は溜息をつきながら大きく頷いた。
「小夜さんと同じ土地の空気を吸えないのが寂しいのです……えらい事言ってるのは解っています。でも本当にそうなんですよ。外国に行けば匂いも違うし、自分はいま貴女の知らないところに来て、知らない事をしているのだなあとひしひしと思うのです。辛い」
「そう……」
小夜さんはストローに小さく唇をつけ、上を向きカーブする睫毛をゆっくりと瞬いた。
──たまらん。可愛い。絶対結婚しよう。
私は組んだ手に額をつけ俯きながら決意をあらたにした。
「海軍兵学校はお辛かったですか?」
「へ? 兵学校ですか。地獄でしたよ」
唐突な問いかけに思わず声がうわずった。
「よかったらお話伺いたいな、と思いまして。それに頑張っていた時の事を思い出したら、海外演習にも少し前向きになれるかもしれないでしょう」
「なるほど。ただお話しできそうな所をだいぶ選ばねばなりませんね」
「と言いますと?」
小夜さんは小首を傾げた。フランス土産のイヤリングがチラチラ揺れる。無防備な耳たぶにうっかり手を伸ばしかけ、とりあえず机上にあったハンカチを意味もなく伸ばして畳んでおいた。
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