第3章:身体頑健

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3-4『海軍体操』  午後二時過ぎ、私たちは全身白の体操衣、白帽子、ズック靴に着替え練習場へ向かった。  疲れが溜まってきたのか、長門は手を組み固まった体を大きく伸び上がり伸ばした。チラリと見えた腹を指で突くと、やめろやめろと笑って私の手を(はた)いた。 「しかしまあ、海兵は服が多いよな。第一種礼装、第二種礼装、体操衣、事業服、陸戦服……あと何だ? 棒倒し服か」  長門はぼんやりと五月晴れの空を見上げた。私も隣でポカンと口を開け吸い込まれそうな江田島の空を仰いだ。 「集団生活だからなあ。汚れそうなものはとりあえず専用の服がある感じなんだろうな。でも棒倒し。棒倒しって汚れる?」 「汚れるよ。鼻血とか」 「あー……」  私たちはそれっきり会話をやめて整列した。  監督役の下士官と、体操指導の教員が来た。(きた)るべき棒倒しや武道週間に向けて、我々三号はまじめに体操に励むのである。修正(鉄拳制裁)に対する防御力向上を期待しているのは私だけではないだろう。 「全員上を脱げ!」  教員の号令で私たちは上半身裸になった。これから三十分間休みなく体操をする。オリエンテーションで見て異様に感じた裸の体操なのに、何ら違和感なくこなせてしまう自分が不思議だった。 「その場跳び、始めッ!」  号令に従い気をつけの姿勢で垂直にピョンピョン跳ぶ。お許しがでるまでずーっと跳ぶ。全身運動六つ、下肢運動六つで構成される動きをリズミカルに行う。はたから見たら滑稽なのだろうなあと思った。  ──これがいわゆる『海軍体操』。明治期既にあったデンマーク式体操というものを、体操研究に秀でた海軍軍人が監修して作ったものです。目的はもちろん筋力強化と健康増進で、度々行うお決まりの体操でありました。  そういえばこの年大正六年、海軍体操は内容の見直しが行われました。現在も研究と修正が議論されております。筋骨隆々一日にして成らずという訳です。    実は陸軍体操もありまして、こちらはスウェーデン式に倣っているようです。小夜さんたちが体育でされていたような準備運動は、おそらくこちらに近いかと思われます。ご参考までに。
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