第1章:入校

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第1章:入校

1-1 『弱過ぎる志望動機』  大正四年、(よわい)十六の私は広島の呉に向かう夜汽車にひとり揺られていた。三等車の窓に頭を預け物思いにふける。  今日は家族、家令、親戚、地元の後輩など大勢が集まり盛大に見送ってくれた。私だけではない。海軍兵学校への進学は花形であり、私と同じ列車で呉へ向かう同輩たちもまたヒーローの様に手厚い激励を受け客車の座席に若い背を預けていた。  私の父は海軍中将、一般企業に(なぞら)えるならば常務や専務といった取締役に相当する地位にいる。代々軍人の家系であり武功の華族でもある霧島家──その中で海軍というのは変わり種であり、ここ三代では父が一人だけだった。  私は一族の期待と重圧を咀嚼(そしゃく)し夜空を見上げた。車窓の空に星は無く、ただ底無しの暗闇が広がるばかりであった。 (──気負いすぎては駄目だ。少し眠ろう)  幸いこの便は空いており、向かいに人は居なかった。私は荷物を窓際に押し退()けると帽子を目深(まぶか)に被り、襟巻きを鼻先まで上げ腕を組んだ。  目を(つむ)ると、ふと昨年海軍兵学校行きを決めたあの日の情景がまざまざと去来した。
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