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「霧島君もお汁粉食べたら」
「あ、お気遣いなく! 自分は猫舌なので冷ましております」
「そう。猫舌……扶桑先輩と一緒だね」
「へ? そうでしたか。ああ、でも何となく分かります。根拠は無いのですが猫舌っぽい!」
先輩は可笑しそうにくつくつと笑った。いつもの微笑みよりいくらも年相応のように思われた。
「あれえ、三号だあ。何、食ってんだぁ?」
(──ご本人登場!)
ダラダラ膝から前に出る歩き方で階段を降りながら扶桑先輩が笑った。榛名先輩が階段を見上げる。
「もうすぐ終わりますよ。僕うどん食べますけど、先輩どうされますか」
「食うに決まってんだろおー。でもお、霧島のお、汁粉もいいなあ。うまそう」
扶桑先輩は甘いものもお好きか。ちょっと意外に感じながら私は笑みを返した。
「良かったらこれ、どうぞ。自分は羊羹とまんじゅうもありますので」
「本当かよお。お前え、良いやつだなあ」
扶桑先輩は大鷹の横にダラダラ腰掛け箸を割った。
「いただきまあす。──あっちい!」
先輩は眉を顰めた。見たことのない表情に思わず大鷹の箸が止まる。
「お汁粉は餡子とお餅ですからね。ちゃんと冷まさないと」
「うるっせえなあ。分かってんだよー」
──絶対的存在の一号を、それも猛獣扱いの扶桑先輩を注意することが許された榛名先輩……何者?
私と大鷹はどちらともなく首を傾げた。
「あれ、もう六時半だ。僕うどん買ってきますね。酒保は七時までだから君たちもぼちぼちね」
「はい! お疲れ様です」
「……お疲れ様です」
遠ざかる榛名先輩の背を見送る。いつもながら姿勢が良く、凛とした佇まいと静かな歩き方が絵になるなあと思った。扶桑先輩がようやく餅を伸ばしながら鼻で笑った。
「あいつさあ、姿勢いいよなあ。さすが呉服屋の、倅ぇって感じでえ」
「ええ、本当に──呉服屋さん!?」
私と大鷹は同時に扶桑先輩を振り返った。もちゃもちゃのんびり餅を噛みながら頷く。腰を突き出すだらしない座り方、榛名先輩とは対照的だ。
「先輩っ! よかったら詳しくお聞かせください!!」
「本人に聞けよお。俺え、汁粉食うのに三十分、掛かんだからさあ。店え、閉まっちまうわあ」
扶桑先輩は笑いながらも一生懸命食べすすめていた。
出身地までは分からなかったけど、ほんの少し先輩方に近づいたような気がする。
そろそろと思った折うどんを持った榛名先輩が春日先輩を連れ立ってもどり、私たちは一度浮かせた腰をもう一度下ろした。
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