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「わっ!」
鹿島は長い指で新橋色の封筒を差し出した。流行色の上に白く繊細な線で描かれた小花が可憐で、いかにも『女学生からのお手紙です!』といった風である。彼女の字は美しい。それは私が懸想している贔屓目ではなく、百人が見て百人が美しいと答えるようなお嬢様の筆跡──『霧島誠様』の文字をじっと見る。
鹿島は『いつ開けるんですか?』の顔で呆れながら窓際に行き、一服失礼しますと煙草の箱を振った。
『前略 先日は楽しいお手紙をどうもありがとうございました。私には及びもつかない世界、生活に大変興味をそそられながら拝読しております。先日もわくわく読ませて頂いておりましたところ、私があまりに笑いますもので恭がひょいと取りあげまして……以降は皆で愉しませて頂いております。』
(──なるほど、回し読みされているな!)
私はお屋敷の方々それぞれの顔を思い浮かべた。美人女中のお園さん、元陸軍軍曹・庭師の慈兵衛さん、慶應ボーイの葵くん……この三人は絶対にゲラゲラ笑っているだろう。は、恥ずかしい……!
『海軍将校様といえば眩しい白の制服が女性に大人気という印象でしたが、華が咲くまでには乾いた土の中で殻を割り、芽を出し茎をのばし、葉を茂らせる日々のあることを深く思いました。』
(──それそれ、そうなんです……! 別に褒めてほしいとかそんなつもりではなかったんですけど、無様な青春を笑って頂けたら充分だったのですけれども、どうしよう。結局うれしい!!)
私は日本最高倍率の懲役も同然だった兵学校での生活が報われたようで、思わず目頭が熱くなるのを感じた。もう皆さんお好きなだけ笑ってくださーい! と思った。
思わず新橋色の便箋を持つ手が小さく震える。
するとトントンとドアをノックする音がして、ふと鹿島と顔を見合わせた。
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