第4章:武道週間

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「こっちは死ぬ気で頑張ってきたつもりなのに馬鹿にしやがって。まあどうせ教員とか一号の受け売りだろうけど……試合ん時もう絶対手加減しねえって思って」  長門は格好の良い左手を結んで開いてしながら、つぶれ固まったまめを見詰めて唇を尖らせた。 「なんか武道週間始まる前からけちがついちゃったな。あいにく自分は剣道やってなくてよく分からないが、三段って取るの大変なんだろう?」  仮に竹刀踊りだとしても三段の手加減なしは怖い──と思いつつ私は長門の顔を覗き込んだ。 「……今の歳なら、最上段だ」  大鷹がふとこちらを向いて補足した。  剣道の段位取得には昇段試験の合否以外に年季の条件がある。例えば初段への昇段試験を受けるには一級を持っておりなおかつ中学二年生以上だとか、二段への昇段試験を受けるには初段取得から一年以上修行が必要だとか。  だから才能や鍛錬の度合いによっては段位以上の実力を持つ剣士がいても不思議ではなくて、特に長門の場合は普段の振る舞いから何となくそう思わせるような気配があった。 「海軍の剣道って何が違うんだろう。もっと実践的なってことなんだろうけど、正直あんまり想像できないなあ」  私は宙を見上げて首を傾げた。長門はそれそれと相槌をくれた。 「剣道ってんだからまさか急に殴る蹴るはしないだろうけど……まあ『娑婆(シャバ)の剣道』みたいに昇段試験とかなさそうだし、竹刀踊り三段でーすって顔で出てって先輩ボッコボコにしやるかと思ってる」 「真顔で物騒なんだよお前は……」  千鳥はじとじとと長門を横目に見た。 「たまには鬱憤晴らさねえとな。心の健康のために」  長門の潔いしたたかさは不思議と癒されるものがあるなと思った。
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