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「父上、自分は聯隊旗手になりたいのです!」
「……誠よ。お前は海軍へ行きなさい」
「えっ」
父の宣告に私は盥で頭をぶたれたような衝撃を受けた。父は立派な髭をつまみつまみ心底気の毒がった顔をして、蔓薔薇の描かれたティーカップを悩ましそうに傾けた。
聯隊旗手とは成績優秀、清廉、容姿端麗、品行方正を認められた選ばれし少尉のみがなることを許される陸軍の旗持ち。つまり若手の花形である。
軍の魂とされる軍旗を手に勇ましく侵攻する姿は、たとえ軍人を志す者でなくとも男子たるもの一度は憧れる、それはまさに陸軍少尉の一等賞と言える役どころであった。
「気持ちは分かる。分かるが……馬に乗れない陸軍少尉などおらん」
「そ、そんな! であればこれまで以上に鍛錬を」
「鍛錬といってもお前、もうすぐ十六だぞ? このまま士官学校へ行っても馬術と馬事でまず卒業出来ん。諦めて船に乗れ、私のように」
父上は最新艦の模型を両手で弄びながら切々と諭した。私は模型の格好良さに惹かれつつ、夢を捨てる決心がつかずに歯噛みした。我ながら意外と負けず嫌いである。
なかなか直らぬこの悪癖のせいで私の犬歯はまさしく犬の如く尖っており、これが後の学生生活において大きな枷になろうとは、この時はまだ知る由もなかった。
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