第4章:武道週間

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 ──何がとは言わないが、私はいまとても鬱憤を晴らしたい。私だってもやもやしたり、うじうじしたりする。何がとは言わないがとにかく滅茶苦茶に体を動かして疲れて死んだように眠りたい気分。  今日の休日だって、楽しいのに何となく頭の片隅に『そのこと』が行き来して落ち着かなかった。こんなの嫌だ。  溜まってしまった不快な感情を合理的に発散したいと思うのは悪いことではない。ましてやそれが成績として評価される武道であるならば。 「柔道と剣道、自分はどっちが向いているかなあ」 「そればっかりはやってみねえと。銃剣術かもしんないし。霧島は武道じゃなくて陸戦訓練で才能みせたりして。徒手空手ってやつ? 武道は鍛錬だけど格闘はセンスだからさ」  長門は私の鼻先にシュッと拳を突き出し笑った。 「ほら! いま咄嗟に横に避けたじゃん。何かすげえそれっぽい」 「ふーん。よく分からないな」  私は長門の拳をそっと下におろしながら笑った。  ──そういえば『空手』って小夜さんはご存じでしょうか。ちょうど今年の四月末に東京博物館であった第一回東京博覧会で型の発表があったそうですが、なかなか若いご婦人がご興味を持たれるようなものではないですよね。  武器を使用せずこう蹴ったり殴ったりと喧嘩の様な動きをする琉球武術でして、元軍人の慈兵衛さんはもちろん、お園さんも我流で近いものを習得されていらっしゃるかもしれません。  長門の発した『格闘はセンス』という言葉を思う時、ふとお園さんを思い浮かべる自分があります。その後は可憐にお花を持ち、淑やかに微笑む小夜さんのことも忘れずに……  就寝のラッパとともに号令がかかる。私たちは軽業師のように素早く就寝動作をこなし毛布にくるまった。 (剣道も柔道も未経験の上に的がでかい、おまけに中将のボンボン息子──先輩方の憂さ晴らしにはもってこいの獲物だな)  明日から一週間は午後の訓練時間に銃剣術、それに加えて柔道または剣道のどちらかを行う。初回は銃剣術と剣道。 (──しかし自分も霧島の男、黙ってやられはせん! とりあえず……) 「長門、長門」 「なに」  背を向けていた隣のベッドの塊が動いた。 「……明日、防具のつけ方と素振り教えてくれ。朝いち」  長門は何やら一呼吸おいて、いいよと答えた。笑うな。  
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