第1章:入校

3/16

64人が本棚に入れています
本棚に追加
/387ページ
 閑話休題。そう、私は馬に乗れなかった……いえ少し見栄を張ってすみません、実は少尉になった今でも乗れないのです。全く駄目です。乗れないというより近付くだけで馬が暴れる、これは如何(いかん)ともし(がた)い由々しき問題でありました。  もっと言うと馬だけではない。私はこれまでの人生ことごとく動物に舐められてきた。山羊に追われ猫に毛を立てられ鳶に襲われ弁当を奪われ──乗馬に至ってはそもそも触れられなくては努力のしようもなく、私はただただ途方に暮れた。何故かいつも犬だけは味方だった。  しかし父は海軍中将、兄は陸軍大尉、祖父もその更に上もそのまた前も霧島家は軍人で身を立てたいわゆる武門と呼ばれる家である。  陸軍が厳しいからといって他の職に就くなどという選択肢は、この年齢の私には全く思い付きもしない。もはや覚悟を決めるしかなかった。 「……承知、しました。海軍兵学校の試験を受けます」 「うむ」  父上は私の心情を推し量るように深く頷いた。その上で発せられたニの句により、私の闘争心は完全に燃え上がる。 「力になれずすまん。だがお前が海軍に入るために出来るだけの事(・・・・・・・)はしよう。だから這ってでも海軍に来い」  私はぐっと歯噛みし強い眼で父を見上げた。 「父上、お心遣いありがとうございます……ですが手出しご無用。自分は必ずや自力で父上の御元へ参ります!!」 「よくぞ言った! それでこそ霧島の男だ。父は誇らしいぞ」 「はい! 父ぶえっ」  父上は私の頭を撫でくり撫でくり、両頬を平手で挟み笑った。ぐにゃぐにゃ頬を潰しながら父は真剣な声色で話を続けた。 「……だが誠よ、入学試験は甘くないぞ! 運動能力と体力測定は別段心配しておらんが、学科の対策をすぐにでも始めよう。算術、英語、国語、漢文、物理、科学、日本史──くわえて作文と面接もある」 「なんと!」  正直なところ学科は英語と算術くらいであとは運動でどうにかなるだろうと踏んでいた私は、早くも自分の大口を後悔しはじめた。
/387ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加