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坂道
「疲れた」
ユウヤはトオルの肩に体をもたれかける。
体重を全てかけられ一瞬ユウヤごとベンチから落ちるのをトオルは頼りない体幹を使って耐えた。
「ユウヤ、重い……」
「トオルはいいよね。うるさいアリユキといる時間あって。こっちはシュウと2人でトオル達が戻るのを待ってるだけ。戻ったと思ったら2人でなんか話してるし」
「ごめんって、けどアリユキが俺を呼んだから」
「だったらせめて急いでよ。あの空間がどれだけ地獄だったか」
機嫌の悪いユウヤをトオルは必死で宥めた。
確かに何も喋らないシュウと一緒に居るのは大変だ。変に動いてシュウの機嫌を損ねる真似はしなくないので下手に動く訳にも行かない。
今、アリユキとシュウは2人して射的や金魚すくいなど、そういった遊びをしている。
そのおかげでトオルとユウヤは自由になれ、こうして2人して祭りの光景を少し上の方でみているのだ。
会場から少し離れた上の方にあるベンチにはトオルたち以外誰もいない。
だから、気を張る事の多いユウヤも今だけは素を出してトオルに接していた。
「お腹、いっぱいだね。明日、何も食べなくていいかも」
トオルは祭りの食べ物で膨れた腹をさすった。
かき氷に始まり焼きそばやお好み焼き――、またそれ以外にも様々なものを食べた。
既にトオルの腹ははち切れそうになっている。
同じだけ食べているアリユキとシュウは他にも何か買おうとは話していたが、トオルには信じられない。
「あの二人、食べる時には食べるから」
「それであの体型なの?」
「体質じゃない? トオルの体食べたら食べた分だけ太るから気をつけないとね」
ユウヤの棘のある言葉にトオルは笑うしかない。
既に時刻は夕方。これから夜になり祭りは更に活気づくだろう。
トオルはユウヤの手を握る。
握った手をユウヤは何も言わずに握り返す。
数秒の心地いい沈黙の後、ユウヤが呟いた。
「……楽しかったな」
「えっ?」
「お祭り、あまり行くこともなかったし、1年の途中からは色々あったから」
ユウヤの顔は見えない。
だが、その声は落ち着いていた。
元は自分の声なのに、それが心地よく感じる。自分ってこんなナルシストだったのだろうか。
「だけど、楽しかった。アリユキとシュウは友達、だったから」
「かき氷の時、泣きそうだったのそれが原因?」
「……今くらいの時期、皆でアイス食べたことあったんだ。それを思い出した」
ユウヤはトオルと違い、あのシュウ達と友達だった過去がある。
ユウヤにとっては複雑な思い出だろう。それでも、その時は楽しい思い出だったのだ。
トオルとユウヤは再度、下の活気ある祭の様子を眺めた。アリユキとシュウの楽しそうに射的をする姿が見えた。
それ以外にも、食べ物を頬張る者や話し込む者、酒を飲んでいる者など様々だ。
トオルはその喧騒な様子を眺めていると、ユウヤがトオルにもたれ掛かりながら呟いた。
「トオル、僕、言ってないことがある。入れ替わったの、心当たり無いって言ったけど――、本当はある」
「えっ、本当!?」
ユウヤは頷く。
まさかユウヤも心当たりがあったとは。もしかしたらトオル以上に何か入れ替わった原因があるかもしれないとトオルは祭りの様子を見るのを辞めユウヤの方を向く。
ユウヤは悩む素振りをした後、小さく呟く。
「俺、トオルがトラックではねられてたぐらいの時間、トオルの事考えてた」
「えっ――?」
「その日、あいつらの機嫌悪くてさ、本当にボロボロになりながら帰ったんだ。いろいろ溜まってて――、俺もうこんな生活嫌だって思った」
黙ったまま、トオルはユウヤの話の続きを待った。
まさか、自分の思っていることでは無いことを祈りながら。
そんなトオルの心を知らずにユウヤは言葉を続けた。
「いっそ、誰かになりたいってそう思った。空気のような、誰も知られてない存在に。例えば――、トオルのような」
「ッ……」
振り向いたユウヤの顔は、泣いていた。
2つの黒い目からは涙がボロボロとこぼれ、トオルを見つめている。
何も言えないトオルに対し、ユウヤは言葉を続ける。
「俺のせいなんだ。きっと、俺が――、こんな生活嫌だって。トオルみたいになりたいって言ったから」
「ユウヤ!」
トオルはユウヤを抱きしめた。
「俺も、同じだから。俺も、ユウヤになりたいって。人気者のユウヤのような存在になりたいって思ってた」
「えっ――?」
「トラックに撥ねられて、死ぬかもって思った時、俺、ユウヤになりたいと思ったんだ、ユウヤみたいな人気者に」
「それって」
「だから、ユウヤは違う。俺たちが入れ替わったのは、俺のせいだ」
そのままトオルはユウヤの肩を強く抱きしめる。
同じくらいの背丈の2人が抱きしめ合えば、自然と心臓同士が接する。
2人の胸の音が互いの胸を叩く。その間隔が同じになるまでトオルはユウヤを抱きしめていた。
「トオル……」
ユウヤの涙がトオルの服に滲みた。
その生暖かい感触をトオルは長い間感じていた。だが抱きしめるのを辞めると、照れくさそうな顔をしたユウヤと目が合う。
ようやく自分は仮にも外でユウヤと抱きしめあっていた事実を思い出し、トオルの顔も赤くなる。
「ごめん、こんなところで」
いずれ、シュウとアリユキが戻ってくる。
そうなれば、からかわれることは確実なのに考え無しに行動してしまった。
「ご、ごめん。こんな場所で」
「顔、赤いよ。元に、戻らないと。トオル、顔洗ってきなよ」
この暑い雰囲気を変えようとユウヤは軽口を言うが、トオルの胸はいまだどくどくと鳴り続けている。
こんなの、直ぐに戻る訳無い。
「ユ、ユウヤもーー」
トオルも負けじとユウヤに軽口を言おうとしたが、側頭部に強い衝撃が走った。
鋭いなにかに思いっきり殴られたような、そんな衝撃がトオルを襲い、トオルはその勢いのままベンチから転げ落ちる。
そのまま坂を転げ落ちるトオルにユウヤは叫んだ。
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