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希望
「桐島、少しいいか?」
次の日、覚悟を決めたトオルが3人の元にいこうとした時、中村に呼ばれた。何度目かの準備室へ行くと、中村は茶を手渡した後にA4サイズの封筒をトオルに渡す。
「先生、これは?」
「開けてみろ」
言われた通りに封筒の中身を開くと中には数枚の紙があった。
「来年度から始まる奨学金制度の案内用紙だ」
中に入っていた紙に目を移すとそこには中村の言う通り、新たに始まる奨学金制度について書かれていた。
高校で優秀な成績を取った貧困家庭の受験生を対象にしたものだが、紙に書かれているいくつかの大学に入学出来れば返済不要の奨学金が貰えるとのことだ。
トオルでも分かるほどに大盤振る舞いの奨学金だが、案の定条件は厳しく対象者はテストの成績だけではなく小論文などの試験も行わなくてはいけない。
その内容も明らかに難しそうで、今のトオルにはかなりのハードルだ。
「条件はたしかに厳しいが、最近生活態度も持ち直して来たし、このまま成績をキープ出来れば通るだろう。小論文対策をきちんとこなせばお前ならやれると思う。俺は、桐島が希望している大学もいいと思うが、こっちの方がもっと上を目指せると思う」
「……」
ユウヤが元々目指していた大学は今通っている高校の系列校である。
奨学金制度もあり、高校の成績が良ければ推薦でいけ受験費用もかからない。
だが、この奨学金をもらうことが出来ればよりレベルの高い大学に行くことが出来る。
トオルが聞いても魅力的だ。ユウヤならなんというか。
「どうだ? 受けてみないか?」
中村に促されるが、さすがにユウヤに聞かなくてはまずい話である。トオルは封筒をもらい、中村に礼を言う。
「ありがとう、ございます。少し、考えてみます」
「ああ。たのむ」
今まで、中村の事をただの口うるさい教師と思っていた。
だが、中村は中村なりにユウヤの事を思っている。
いい教師だ。もし今、あの3人にやられていることを話せば、中村は対応してくれるだろう。
証拠は、腐る程あるのだから。
「……先生」
「ん? なんだ?」
「えっと……、なんでもありません」
「そうか。何かあれば言えよ」
中村はトオルの言葉に頷いた。
今まで、体が元に戻るか、卒業するまで我慢するしかないと思っていた。だが、救いの手はいくらでもある。
それだけで今日は大きな収穫であった。
■■
教室に戻ると、誰もいなかった。
「あれ?」
てっきりシュウ達3人が待っていると思ったのに、どこかにいるのかと思い携帯を開くとアリユキから1件メールが来ていた。
『今日はなし』
簡潔な文面。
なし。つまり、今日は今から自由ということである。
「……奇跡だ」
トオルは呆然と呟いた。
入れ替わって初めて「今日はなし」と言われた。
自由。
突然訪れた自由にトオルの心は踊った。当たり前のことが今、無性に嬉しい。
まだ外は明るい何をしようか。
トオルはユウヤに連絡をする。幸いにしてユウヤの返信はすぐだった。
『じゃあ帰ったらすぐに勉強だね』
「うっ……」
苦悶の表情を浮かべたトオルを心配する者はいなかった。
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