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情事の終わり
あの地獄のような出来事の後、トオルは逃げるように帰りのバスへ飛び乗った。
時間はまだ19時になる前で、車内には多くの乗客たちが乗っている。トオルは席に付き鞄を握りしめながら最寄りのバス停に着くや否やユウヤの家ではない方向に走り出した。
「はぁ……、はぁ……!」
息が上がるのを気にせず、トオルは自宅にゆく。
今の自分の見た目の問題などどうでもいい。ユウヤのあのボロアパートにいるより、住み慣れた自分の家に帰りたかった。
そして体が元に戻るまで部屋にいたい。あんなこと、もう2度としたくない。
シャワーも浴びていない体は汗以外の体液で汚れ、下部からはトオルが走る度に誰かの精液が流れ落ちてくる。
気持ち悪い。
早く家に帰りたい。家に。
全力で走ったせいか、想像よりも早く家に着いた。
ごく普通の一軒家がトオルの家だ。
ここでトオルは親と3人で暮らしている。
親は共働きで、帰宅は夜遅く。トオルの帰る頃に帰ってくることなど稀だ。
だけど、トオルは死んだ。さすがの両親も会社は休んでるだろうと思い、車庫のガレージを確認する。
「……ない」
親がいるかどうかは見ればわかる。
親の車の有無だ。
家に併設された車用ガレージの中に両親それぞれの車が停まっていれば、親は家にいるという目印である。
普段のトオルは親の在宅の有無を車で確認していたのだが、今はその車が2台ともない。
仕事にいるのか、息子の葬式に? いや、関係ない。トオルは家にいたい。そう思い、トオルは玄関の方に向かい、鞄から鍵を取り出そうとした。
そこでようやくトオルは気がついた。
家の鍵をそもそも持っていないことに。
「あっ……」
良く考えれば当たり前のことだった。
今のトオルはユウヤ。鍵を持っているのはトオルだ。
「……ハハッ」
自分の馬鹿さ加減に思わず笑う。
良く考えればわかる事だ。
今の自分はユウヤ。トオルの家の鍵など持っているわけない。
だから、家に入ることが出来ないのだ。
でも、トオルはその場から離れることは出来なかった。
未だ体にまとわりつく汚れた体液や、下から流れ出てくる精液にも気にせず、トオルは玄関の前でうずくまる。
このまま居続ければ、親のどちらかが帰ってきて家に入れてくれるのではという淡い期待がトオルをここに留まらせる。
だが、いくら経っても親の姿は現れなかった。
しばらくすると、ポケットに入れたままの携帯から着信音がする。中身はメールだったようで朝教えてもらったパスワードを打ち込み、中身を開いた。
送り主はアリユキ。件名は無題。
文面は簡潔なものだった。
『明日、休むなよ』
「……ッ!」
シンプルな文面の後に、1枚の写真があった。
乱れているユウヤの――、いや、自分の写真だ。
行為の直後を撮ったその写真は、様々な体液で汚れた自分の姿を隠すことなく写している。
これは、つい先程の自分だ。
認めたくないと思っても、この古臭い携帯が現実を突きつけてくる。
シュウ、リク、アリユキの3人はユウヤに対しこのような行為を受けるのが日常だったのだろう。
それを、戻るまでトオルが送らなければいけない。
「……」
トオルはふらつきながら、自分の居場所だった家を立ち去り、ユウヤの家に向かった。
いつもより遅い帰り道。
何も考えずに歩き、ようやく着いた頃にはかなりの時間が立っていた。
トオルは家に入り、服を脱ぎ、シャワーを浴び、体を清めた。
そのまま、何も食べることなく布団に入り、目を閉じた。
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