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目覚め
見知らぬ天井。
よく見れば人の顔に見えなくもない木製の天井を十二分に眺めた後、ようやくここが天国などではないということがわかった。
「はっ……?」
起き上がる。首を動かし周囲を見渡す。畳の部屋。
見渡した視線の先には昭和時代のドラマに出てきそうな丸いちゃぶ台と、押入れのみの殺風景な光景。畳が途切れた先にある敷居の先には台所と洗濯機と、申し訳程度の玄関。
ここは自分の部屋ではない。
ここはどこだ? いや、それよりも前に気にすることがある。
トオルは自分の顔を触る。裂けてもいなければ痛くもないその顔をこねくり回した。
「……生きてる?」
トオルはトラックにはねられて死んだ。
日付を跨いだ深夜の人通りのない道路で大型のトラックに撥ねられ、全身を強く叩きつけられた。多量の血を出血し、撥ねたトラックにも逃げられ、死ぬしかない状況だった。
だが、自分は生きている。しかも自分の体には傷1つ残っていない。
何の怪我をしていない状況といい、この場所といい、一体どういうことなのか。
今だ整理されていない頭のまま立ち上がる。
その時、視界の隅に見えた服に視線を移した。
明るいブラウンのジャケットに濃いブラウンのスラックスはトオルも知っているものだ。
「せ、制服?」
寝ていた布団の見下ろすようにかけられていたそれは間違いなくトオルが通っている高校の男子用学生服だった。
それを恐る恐る触り、それが間違いなく本物の制服であることを確信する。
混乱した頭がさらに混乱し、トオルはひとまず頭を冷やそうと水場に向かう。
部屋から扉一枚挟んだ風呂場に向かい、湿気で曇った鏡を手で拭き取った後、そこに映った姿を見てトオルは絶句した。
「がっ……!? はっ……!?」
トオルは声にならない声を上げた。
当たり前だ。
そこに立っていたのは、自分では無かったのだから。
ユウヤ。
ユウヤが、いた。
鏡の向こうのユウヤは口をあんぐりと開け、目を最大限に見開いている。自分が今まさにしている表情だ。
トオルは顔を洗うことを忘れ、鏡から逃げ出すように元いた部屋に戻った。髪や顔や体を再度べたべたと触り、何度も自分の頬を引っ張った。
自分は死んだはず。なのに、さっきのユウヤはなんだ? なぜ、ここにいる? 自分はユウヤだというのだろうか?
数秒の思考の後、トオルはひとまずの答えを出した。
「夢だ」
これは夢だ。
トオルがトラックにはねられたことも、自分がユウヤになっているのも、すべて夢だ。
でなければおかしい。死んで生き返るなんて、ありえない。先程の頬を抓った痛みも嘘だ。
トオルはそう結論付け、薄い煎餅布団の中に入りこみ、無理やり目を閉じた。
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