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ユウヤの苦しみ
「トオル中での、俺のイメージってどんな感じ?」
「えっと……、クラスの人気者」
ユウヤと入れ替わる前のトオルは、空気だった。
誰からも話しかけられることはなく、休み時間は寝たふりをするようなたとえクラスメイトであっても誰の印象に残らないような人間。
そんなトオルにとってユウヤは雲の上の存在だった、
「やっぱり、そうだよね」
複雑そうな顔をして、ユウヤは自嘲気味に笑う。
あの辛さを隠してクラスの人気者を全うできるなんて、ユウヤは凄い。
トオルは今でも気を抜くとあの3人にやられていたことがフラッシュバックし、身震いする。
それをユウヤはトオル以上の時間、一人で耐え抜いてきたのだ。
「……シュウ達は、最初からああだったの?」
「始めは、友達だったよ。入学して、リクと同じクラスになって……、いつの間にか、俺はあいつらに逆らえなくなっていた」
「友達って、本当に?」
「少なくとも、俺はそう思ってた。一緒に昼ご飯を食べたり、放課後、あの家で勉強したり……、一年の中間試験が辺りまでは普通に仲良くやってたんだ」
ユウヤの顔が一気に曇る。
始めは友達であった関係が、歪な隷属関係になる過程が目の前のユウヤにとってどれだけ苦しい出来事だったのか。
今のトオルの苦しみよりもさらに苦しいものだっただろう。
ユウヤの手が震える。それを誤魔化すように、ユウヤは拳を強く握った。
「でも、中間テストくらいから変わった。リクが俺の事を馬鹿にするようになったり、無視したり。その後、俺は、あの家に連れられてーー」
説明しようとしているユウヤの顔色がどんどん悪くなる。
息も明らかに浅くなり、過呼吸のような症状をしだしたユウヤを喋らせるのはこれ以上まずいと判断した。
「ス、ストップ! もう大丈夫だから。これ、飲んで。ごめん。嫌なこと聞いて」
「……」
ユウヤは茶を一口飲む。
それでもまだ辛そうな表情をしていたが、先程よりは少しだけマシになったように見えた。
「トオルは、俺らがなんでこうなったのか、わかる?」
トオルには、心当たりがあった。
トオルはトラックに撥ねられた直後、ユウヤのことを考えていた。
ユウヤにあこがれ、せめて一度はユウヤのような人から囲まれる存在になりたいと強く願ったのだ。
まさかそれが理由で、トオルとユウヤの体が入れ替わったなんてーー、そんなのありえない、そう思い込み、トオルは嘘をつく。
「……わかんない」
「そっか」
落胆するトオルと違い、ユウヤは特にショックを受けている様子はない。
淡々とした態度のユウヤを見て、トオルは気づかれないようにため息を吐く。
「……ねえ、これから、どうしたい?」
トオルの問いに、ユウヤは考える素振りを見せた後、答える。
「とりあえず、入れ替わったままになるしかないんじゃないかな。もちろん、わからないことは互いにフォローしよう」
「うん……。わかった」
ユウヤの答えは至極まっとうなものだった。
入れ替わった原因は分からない。だが、時間は過ぎていく。
トオルはユウヤとして、ユウヤはトオルとして生きていくしかないのだ。
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