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また違う苦しみ
「学校辞めればいいんだ!」
「は?」
突然叫んだトオルにユウヤは呆気に取られたように口をぽかんと開けてる。
トオルはそんなことお構い無しに早口でユウヤに畳み掛ける。
「学校! 辞めればいいんだよ! そしたらあの3人の言うことを聞かなくてすむ! そうだよ、なんで気付かなかったんだろう! ?」
「トオル、落ち着いて」
ユウヤは発見に興奮しているトオルを落ち着かせるように肩を叩く。
「じゃあ質問。学校辞めて、どこに行くの?」
「え、実家に帰れば……」
ユウヤの実家は分からないが、毎月ユウヤに仕送りをしている同じ苗字の人物がユウヤの親だろう。
「……俺の実家、わかる?」
「え、わからないけど、ここの近くじゃ」
「残念。父親は県内にいるけど、ここから遠いし、母親も離婚して今は他県にいる。2人の詳しい場所は俺にも分からない」
「えっ……」
サラリと言われたユウヤの家庭環境にトオルは目を丸くする。
「俺の家、一家離散しているんだよ。他の家族もどこにいるか」
「毎月お金を振り込んでいる人は……?」
「あれは確かに俺の母親。だけど、その振り込むお金だって奨学金だし、その奨学金全部が俺の口座に入っているわけじゃない」
「それって……盗み」
「俺は、産んでもらったのと中学まで育ててくれた恩だって思ってる」
衝撃の事実にトオルは言葉を失う。
本来奨学金というものは子供のために使うべきものだ。が、実際はすべてではないものの親が使い込んでいるという事実をトオルは信じることができない。
だが、思い当たることはある。
この家。清潔に保ってはいたものの、明らかに古びたアパートにユウヤは住んでいた。こんな家、よほど金銭に困っていなければ入居することなどない。
それに、毎月月初めに振り込まれる通帳の数字が、毎月数万だが差があった。
今まで特に気にしていなかった違和感が、トオルの中でパズルのように埋まっていく。
「わかっただろ。辞められないって」
「……」
ユウヤの静かな声にトオルは俯く。
「あと一年半、一年半我慢すれば、卒業できる。あの3人とはそれで、離れられる。この調子で成績をキープすれば、返済不要の奨学金と、大学の推薦が手に入る。だけど、ここで諦めたら、どこにも行くところがない。そうなったら、オレは本当に終わりなんだよ」
ユウヤは自分にも、トオルにも言い聞かせるように呟く。
「だから、今耐えなくちゃいけない」
ユウヤの目は真っすぐとトオルを見ていた。
その視線にトオルは目を合わせることが出来ず、古びた畳の床を見つめる。
「3人は、知ってるの? ユウヤの進路のこと」
「1年の頃は、友達だったから」
暗い表情になったユウヤはちゃぶ台に置いた手をぎゅっと握った。
「最初は、3人とも優しかったんだよ。一緒に勉強したり」
シュウ、リク、アリユキの3人がなぜユウヤをいじめるようになったのか、その理由はトオルにもユウヤにもわからない。
ユウヤにとって友人だった関係が奴隷のような関係になった今、苦しむことも多かっただろうが、それでもユウヤは歯を食いしばり努力を欠かさずに過ごしていた。
そんなこと、トオルにできるのだろうか。
「……ユウヤは、すごいよ」
トオルはユウヤに対し素直に尊敬の念を抱く。
「ありがとう」
「俺も、がんばらなくちゃ」
ユウヤは薄い笑みを見せる。
トオルはちゃぶ台に置かれたペンをとり、ノートに向かう。
「あ、ここも間違えてる」
「ウッ……」
そんな努力が実になるのは、いつだろうか。
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