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当たり前の疑問
着信音で目が覚める。
トオルが普段使っている目覚まし時計に似た音に飛び起きた。枕元に置いてあった折り畳み式の携帯を手に取り、もたつく手すきで開く。
画面に表示された名前には『中村先生』という名前が記されている。無視しようかと思ったが、なり続ける着信音に根負けし、トオルは恐る恐るボタンを押して耳を当てた。
『桐島か?』
電話口の向こうにいるであろう『中村先生』という人物。その声の正体をトオルは知っていた。
「せ、先生……」
中村。トオルとユウヤのクラスの担任の名前だ。部屋にかけられた時計を確認すると、時間は昼の12時を指している。
『桐島、今日どうした? 体調が悪いのか?』
「えっ、と……、は、はい……」
『わかった、欠席にしておく。今後、ちゃんと連絡しろよ。明日はこれるのか?』
「えっ、と、そ、そう、です」
『わかった』
中村は簡潔にそう言い、電話は切れた。
トオルは携帯を折りたたみ、頬をつねる。やはり痛い。
中村は確かに、トオルに対し『桐島』と言った。
桐島は、ユウヤの名前だ。
桐島優也。
学校の教員たちには名字で、親しいクラスメイトには名前で呼ばれている。
電話口の中村は確かにトオルの名前ではなく、ユウヤの苗字を言った。つまり、電話の向こうの中村はトオルのことをユウヤと認識しているのだ。
信じられない現実にトオルはもう一度、風呂場に行き鏡を見直し、今の自分の顔をまじまじと眺めた。
色素の薄い髪と大きい瞳。目鼻立ち整った顔立ちに前髪のみが長い髪。まるで美術品のような美しさは、トオルが横目で見ていたユウヤそのものだ。
黒髪黒目で、平々凡々なトオルの容姿とは大違いのユウヤの綺麗な容姿を十分に見て、部屋に戻り布団に倒れ込む。
トラックに撥ねられたのは、今日の日が変わってすぐの頃。
自分はトラックに跳ねられ死んだ。
全身地面に叩きつけられ、色んなところから血が流れ、そのまま意識を失った。
それが今、トオルはなぜか目が覚めるとユウヤになっていたのだ。
自分は確かに死んだはず。叩きつけられた衝撃と自分の血が体から流れてくる嫌な感触は未だ強く残っている。
それが、なんの理屈か、自分はユウヤとして生まれ変わってしまった。
「……これって、転生?」
これが最近流行りの転生、というやつなのだろうか。
だが、異世界転生物ならまだしもここは間違いなくファンタジーではない現実の世界である。
それに、いまユウヤの体にトオルの人格がいるのならば、当のユウヤの人格はどこにいったのか。どんなに記憶を思い返してもユウヤとしての記憶はなく、トオル自身の記憶しかない。
ちゃぶ台脇に置かれた学生鞄を手に取り何が手がかりはないかと探してみてもユウヤの教科書とノートしか見つからず、携帯電話を開いても、パスワードが必要になり、先ほどの中村の電話のようなあちらからの電話はとることができるが自分が電話を掛けたり、メールを送るなどはできない。
「……なんで」
確かにトオルはクラスで一軍のポジションにいるユウヤの事をあこがれてはいた。
だが、ユウヤに心の底からなりたいかと言われれば決してそうでは無い。
トオルはユウヤの体を見下ろし、体を触る。
自分の体を触る当たり前の感触が体が違うというだけでこうも不気味なものにかわるとは。
「……俺、どうなっちゃうんだろう」
トオルの疑問に答えてくれる人間はいない。
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