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また違う恐怖
手慣れてきた日常に慣れきたトオルは朝、ユウヤの介助という名目で職員室の廊下に向かっていた。
手には昨日ユウヤと共に勉強したノートがある。それを職員室前に置かれた宿題を入れる箱に入れユウヤと僅かながらに交流をするのが朝のルーティンになっていた。
同じような生徒が何人も通りすぎる。
宿題を入れる箱を見るといつもより多くの生徒のノートが置いてあり、そろそろ他の生徒もテストを意識する時期なのだと実感した。
それが終われば念願の夏休みが待っている。が、ユウヤとなってしまったトオルにとって、今回の夏休みがどんな風になるのか予想がつかない。
それに、トオルには期末試験を高得点で突破しなければならないという最難関の壁がある。
「全教科最低80点は取らないといけないかな」
「は、80!?」
当たり前のようにいうユウヤの言葉にトオルの目は思わずとび出そうになる。
「しー! 声大きいって!」
「ご、ごめん」
トオルは口を抑える。だが、トオルの脳内ではユウヤが当たり前のように言ったテストの点数が何度も再生されていた。
80。言い換えれば、すべての試験の8割を最低でも取らないと行けない。
取れなければ、成績は下がる。そうなれば、ユウヤの目指している大学推薦の計画は水の泡だ。
まだどう戻るか分からないものの、トオルがいつもの調子でテストの点を低く取ってしまえば奨学金だってどうなるかわからない。
だからトオルはユウヤのために努力しなくてはいけないのだが――、無理がある。
「む、無理だよ。俺、いつも赤点いかないのが最低ラインだったから」
「何言ってんの。無理とか出来ないじゃなくて、やるんだよ」
「う、うう……」
ユウヤの勉強の指導が厳しくなる予感にトオルは肩を下げた。
教室に戻りながらユウヤはトオルにこれからのテスト勉強について語り出す。
「とにかく、できるだけやってみよう。俺も協力はするから」
「できる気がしないよ……」
「弱音を吐かないでよ。それに あの3人だってさすがにテスト前は自分のことにいっぱいでそこまでしないから。いつもより長く勉強に専念できるし、俺だって君の親に――」
「ユウヤ。瀬名」
名を呼ばれ、トオルとユウヤはのぼっていた階段の足を止め、見上げる。
そこに居たのは、アリユキだった。
「お前ら、どこ行ってんだよ?」
アリユキの登場に硬直する。
気が緩んだ。本来家で2人きりで話す内容をトオル達はこんな危険がたくさんある学校で喋ってしまった。
視線だけユウヤの方を向けるとユウヤの顔も強張っている。
「しゅ、宿題のノートを出しに行ってて。ユウーー、瀬名君も出しに行くって言ってたから、一緒に行ってた。ほら、瀬名くん足まだ完治してないし」
どうにか平然を保ちながらアリユキに伝える。
まだ松葉杖のついているユウヤの付き添いはこれまで何度かしてきた。
理由もおかしくはない。だが、アリユキは不思議な顔でユウヤを見ている。
「瀬名、そんな真面目なやつだっけ? 俺の知ってるお前は、そんな奴じゃなかった気がしたけど」
「……ッ」
トオルの心臓が大きく跳ね上がる。
そうだ。いくら空気だったとしてもアリユキとトオルは同じクラスだ。観察眼のあるアリユキならばトオルがどんな生徒なのかもわかっていることだろう。
「親とか、先生に言われて、がんばることにしたんだよ。いろいろ心配かけたから、テストくらいは頑張らなくちゃって。桐島君にも助けてもらってるし」
「……ふーん」
ユウヤの言葉にアリユキは沈黙する。
トオルとユウヤとアリユキ。この三人の間に嫌な雰囲気が漂った。
このままではいけない。トオルが口を開こうとした時、アリユキの顔がいつもの笑顔に変わる。
その鮮やかな変わりようにトオルは困惑する。
「そっか。二年だしな。俺もがんばらねーと!」
「そ、そうだね……」
「手、貸すよ。瀬名もたまには俺に頼れよ」
にこやかに階段に降りてくるアリユキにトオルの胸はほっと胸を撫ぜ下ろす。
いつもの明るい外面のいいアリユキに戻った。
アリユキはトオル達の1段上の所で足を止める。
「ほら」
「あ、ありがとう」
ユウヤは松葉杖を掴んでいない方の手をアリユキの差し出された手に乗せ、手を握ったアリユキは握っていない方の手で――、ユウヤを押した。
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